「仕事?」
カタカタとキーボードを叩く私にのしかかるようにして彼は液晶画面を覗き込む。
「半分」
本職ではないが、お小遣い稼ぎ程度にはなる。
「俺がいるのに」
「勝手に来たんでしょ」
後ろからするりと伸びた指先が指先をなぞり、くっと顎を上げさせる。見上げる先に見下ろす彼の顔がある。ああ今日も美しいお顔だこと。降る唇を、指先で止めた。
「気分じゃない」
「放っとかれた上にお預けですか」
「断っておいたはずだけど」
じっと、逆光の陰に浮かぶ蒼い瞳を見つめ返す。彼は諦めたように身を引き、手を離した。ああ、そういう顔をさせるから、今日はやめようと言ったのに。
「溜まってるの?」
「俺はキスをしようとしたんだけど」
「ああ、うん」
セックスがご所望なわけではない、と。それはそれで、どうなんだろうか。名前のない関係は都合が良くて、だからこそこういう時にどうすべきか迷ってしまう。
すました顔で不貞腐れる彼を眺めた。見れば見るほど、見た目も肩書きも文句なしの優良物件だ。どれほど距離が近くても、何度唇を、肌を、重ねても、私にはどうも彼を他人事にしか思えない。求められれば与えてしまってきたけれど、線引きはしてきた。お互い様のはずだった。
「触れることも許してくれない?」
装い切れていないポーカーフェイスは罠だろうか。外面みたいに甘えるくせに、この男は馬鹿じゃない。駆け引きなんて、私に勝機はあるだろうか。
私はかけていた眼鏡を外して、テーブルに置いた。席を立ち、ベッドの端に座り直す。
「おいで」
ぽん、とすぐ隣をそっと叩く。彼は安堵を滲ませながら、隣へ腰を下ろすとそのまま腰を捻って私を抱きしめた。
「、」
開きかけた唇からは吐息が漏れただけだ。この沈黙に私は甘えている。
私は彼の背に手を回し、もう片方の手で彼の髪を撫でた。腕に込める力が強くなり、そのまま私は彼に身をまかせるようにベッドに背を預け、彼は泣きつくように私に被さった。とんとんと、彼の背をあやすように叩く。
「…そういうところだぞ」
くぐもった声が聞こえた。
「何のこと」
天井を見つめながら、温かい彼の重みを感じる。
「もう俺には飽きたかと思った」
「飽きてないって思い直したの?」
「…飽きた?」
戸惑いがわかってしまうほど、一緒にいたのだと気付いてしまうと迷ってしまうから、まるで誤魔化すように小さく笑った。
「どうかしら」
私は彼の髪をくしゃくしゃに撫でた。ずるい女だととても小さく溢したのを、私は聞こえないふりをした。



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