「あ、コナンくんこんにちわ」
ポアロにお邪魔するとコナンくんがカウンターでジュースを飲んでいる。テーブル席は埋まっているので、彼の隣に座る。
コナンくんとお話ししていたのか、目の前に安室さんがいたのでアイスコーヒーを頼む。
「また難しい本読んでるの?」
コナンくんが開いているのは某ミステリー小説の新刊だ。本当に好きだなあ。
「私もナイトバロン読み始めたの。コナンくんと昴さんの影響」
買ってきたばかりの本を見せびらかして見せる。ああ、それかー、ナイトバロンが、と言いかけてやめた。
「ネタバレしちゃいそうだから何も言わない!」
口元に指でばってんをつくる。かわいい。
「、あれ?」
彼は急に身を乗り出して、私に近付いてすんすんと匂いを嗅ぐ。
「あ、汗くさい!?シャワー浴びてきたんだけど…」
「ううん。ちょっと甘い良い香りがするよ!でも、この匂いどっかで…」
コナンくんは身を乗り出したまま真面目な顔で思案する。
「コラ、コナンくん、女性に対して失礼だよ?」
コーヒーをわざわざカウンターから出て持ってきてくれた安室さんが、コナンくんの肩を押さえるようにして椅子に座り直させる。
「どうぞ」
安室さんが私とコナンくんの間を割るように腕を伸ばしコーヒーをカウンターに置いた。グラスから手を離した瞬間に、コナンくんがその手を掴んで引っ張り、今度は安室さんへと顔を近付けてらすんすんと匂いを嗅ぐ。
「お姉さんと同じ匂いがするね?」
無邪気なコナンくんの言葉に、テーブル席を埋めている何名もの女性の意識が一瞬でこちらに向いたのがわかった。
「そっそんなわけないでしょ、コナンくん」
「えー?でもすごく似てるよ?」
首を傾げるコナンくんはめちゃくちゃ可愛いけれど、お願いだからやめてくれせめてボリュームを落として話そう。焦る私を余所に、安室さんも自分の匂いを嗅ぐようにしてから、私に顔を寄せてすんすんと匂いを嗅ぐ。わかる、背中に刺さるジェラシーが。しかしさっき女性に対して失礼だと言ったのはどの口だ。
「本当ですね?」
安室さんまで小首を傾げて可愛らしいけれど、それを私に向けてはいけない。
「ボ、ボディーソープの香りですかね!?最近変えたんですよ!」
背後からのいくつもの見えないビームに刺されながら必死に喋る。
「ダ○の!ピンクのやつ!」
何の香りだったっけ、情報提供すれば少しは許されるだろうかと思いながらも動転して何の香りだったか思い出せない。
「ピーチ&スイートピーじゃないですか?この間ドラッグストアで香りのサンプルの匂い嗅いで、なんか知ってる香りだなあと思ったんですよねー」
ナイスフォロー梓さん。でも多分梓さんは敵を増やしたと思う。
「ふぅん。じゃあ安室さんもそれ使ってるの?」
「僕のは香水だよ。一応身だしなみ程度にだけど」
「何だ。てっきり僕おんなじのを使ってゆもっ」
ついコナンくんの口を両手で塞いだ。
「やだなあコナンくんったら…」
明るく言って、そっと声を潜める。
「言ってる意味わかってるの?」
「んん?」
意味?と首を傾げて、それからハッとした顔で赤くなる。小学一年生にそんな想像をさせるのもどうかと思うけれど、無邪気さほどおそろしいものはない。
「やだなあ、コナンくん。僕たちはまだそんな関係じゃあないよ?」
まだってなんだ。にこっ、じゃないよ安室さん。私は平穏にここで静かに本を読みたかっただけなのに。
「でも、あなたと同じ香りなのは、悪い気はしませんね」
それだけは、カウンターにだけ聞こえるように言った。なんのサービスなんだろうこれは。
「ちょっと、私、本に集中するので、いないものと扱ってください…」
私はさりげなくコナンくんの頬をむにむにと触ってから宣言し、次々と席を立つ女性たちから隠れるように読書に集中した。ああ、近所のドラッグストアの売り上げに貢献してしまった。後日ポアロがピーチの匂いに包まれたらごめん、と思いながら、それは全てコナンくんと安室さんのせいだから、と自分に言い訳をすることにした。



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