凄惨な、という表現ですら足りない、と思えるほど血に染まった現場だった。まさに血の海、か。一歩先にいるウォッカは既に口元を手で押さえ、踏み入った瞬間のぬるりとした感覚に短く声を上げて、直ぐに引いた。赤黒い闇の中に、人間だったと思われる物体がいくつも捨て置かれている。
「どうやったら、こんな…」
呟いた言葉を本人の前で言おうものなら、事細かく一人一人の仕留め方を説明することだろう。
「兄貴、これが奴のやり方ですか」
「…あいつに決まったやり方はねぇ」
そいつに頼んだと誰かが言ったらそうなんだろう。そいつが頼まれたと言ったからそうなんだろう。例えばあいつを知らずにあいつが行った現場を全て見せられても、まさかたった一人が全てをこなしたとは到底思えないほど、その数も手段も様々だ。
今回は随分と趣味の悪い依頼と見える。数も手段も。
「…確認、させるんで?」
「いい、引き上げるぞ」
ウォッカは少しホッとした顔をして、踵を返した。時期にあいつともこちらとも違う組織が処理に来るだろう。面倒なことだ。

街の果て、人々の消えた一画。廃墟の立ち並ぶ色のない通りを進む。ジンは寂れた豪邸の門をくぐった。
広い邸の地下まで進み、ようやく辛うじて人の生活が見える。生活、というには随分と不足しているが、自分の住処と比べても大差ないため、十分に思えた。奥からシャワーの音が微かに響く。チ、と小さく舌打ちをした。タイミングが悪かったか。
ひとつしかないチェアに腰掛ける。乱雑に積み上げられた本を眺めるが、どれも古びた生温い物語ばかりで手に取る気にはなれなかった。
煙草に火をつける。珈琲の出涸らしが入れられた灰皿には、すでにいくつか吸い殻が埋まっている。
宝石の埋まったライター。漆塗りの万年筆。ダイヤモンドカットのグラス。年代物のボトル。他人のセンスで選ばれた小物たちがテーブルに転がっている。暖炉の上の他人の家族写真。壁にかかる聞いたことのない画家の絵画。飼いもしない犬のリード。曇ったままの大きな窓硝子。いつ来ても変わらない景色に、この部屋だけ時が止まっているのではないかと馬鹿馬鹿しいことを思う。
ずいぶんとそうして、煙草を三本灰にしたところで腰を上げた。脱衣所には血で黒く染まったコートが脱ぎ捨てられている。鉄の匂いがする。無言のままバスルームのドアを開けた。
ジンの目が見開かれる。唯一明かりのついたそこは、あの現場が一瞬過ぎる赤だった。
「、おい」
湯気が立ち上るバスルームに土足のまま踏み出す。バスルームに横たわる女は赤く染まった白いシャツを湯船に揺らし、薄まった赤い湯は浴槽に溜まり溢れる。返事はない。シャワーから落ちる水滴に濡れるのにも構わず腕を伸ばし脈を取った。
「チッ」
呼吸は浅いが、微かに胸が上下している。コートだけ脱いで脱衣所に放ると、湯船に腕を突っ込みその体を引っ張り上げた。
「、……ジン?」
薄く目を開けた女が、名を呼ぶ。少し体を起こした女の服を乱雑に脱がせ、その体だけを抱え上げた。湯が溢れ、流れる。
「馬鹿が。紛らわしい」
その口調は苛立っている。しかし、抱えられた女は再び目を閉じたまま、口元で微笑んだ。
「…死んだと思った?」
ジンの腕に、胸に、体を預けながら、女はくすくすと笑った。








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