不意に髪を撫でられて、つい視界が滲んだ。
ジンが人の頭を撫でるなんて、どうしたの、と口にしようとして開きかけた口を閉じた。涙が溢れそうだった。声が震えそうだった。どうした、と同じ言葉を返されたら困ってしまうと思った。
すん、と鼻をすする。ジンは何も言わずに、ソファで膝を抱える私の隣に座った。触れる肩が温かい。彼はいつもと変わらぬ仕草で煙草に火をつけた。煙草の葉の燃える匂い。
何でもないことなのだ。疲れているのかもしれない。何に、というわけではないのだ。ただもやもやと、心の奥の方に溜まる膿に飲み込まれてしまう日がある。それがたまたま、今日だっただけ。
誰にも気付かれず、普段と同じように話し、笑えた。なんとなくぼんやりとしてしまうのだ。どことなく悲しい気持ちがあって、寂しい気持ちになって、何かしていないとどんどん沈んでしまう。普段なら持ち直せるはずのことができずに、些細な幸せが空虚に思えてしまう。
私はじっと何でもないものを見つめながら、そっと彼の手に触れた。いつもと変わらない体温と、煙草の匂いと、確かな彼の存在、物言わぬ優しさに、揺るがない安堵を感じる。
ぼろりと雫が落ちた。堰を切ったように、視界が滲み、目の縁から溢れて零れ落ちる。
彼の指先が当たり前のように私の指に絡む。何があった、どうして欲しい、そんな言葉は彼の口から紡がれることはない。涙を掬うことも、抱きしめることもない。それでよかった。涙になんて戸惑わずに、何でもないように隣にいてくれれば、それで十分だった。
「おかえり、ジン」
なかなか涙を止められないまま、濡れた声でやっと言った私の言葉に、彼はいつものように「ああ、」とだけ返した。



back