本日の最高気温は三十七度、現在湿度六十パーセント。暑い。もう既に本日二度目のシャワーを浴びて、一瞬の涼しさに少しだけ回復したものの、じりじりと噴出する汗とともに気力が流れ出ていく。
なんとエアコンが故障したのだ。うんともすんとも言わない。もちろん早々にメーカーに問い合わせたが、時期が時期だけに明日の午後にしか来られないという。いっそ買い換えるかとの案も出たが、結局取り付けに時間を要するだろうということは明白なので却下となった。まあしかし、暑い。窓を開け放ち扇風機とサーキュレーターを全力でかけるが、湿った生暖かい空気が動くだけだ。
バタンと乱暴に脱衣所の扉が開き、半裸のジンが姿を現す。ああこの暑いのに私の体温をあげてくれるな、と思いながら態とらしく手で顔を覆い、指の隙間からジンを見る。
「出るぞ」
彼は鬱陶しそうに髪を靡かせる。結べ、ということだ。私は立ち上がり、ジンの元へと移動する。
「どこ行くの?」
「今晩は宿に泊まる。チェックインまで、どこでもいい」
「すずしいところ…」
「そりゃ前提だ」
ドライヤーをCOOLに合わせ、乾かしているというよりは冷やしながら考える。カフェでもいいけど、そんなに長居もできないし、かと言って早い時間からホテルをうろつくのもバツが悪い。
「ショッピングモールは?色んなお店あるし暇つぶしは出来るよ」
「ああ。それでいい」
考えるのも面倒なのか即答し、煙草に火をつけて気怠げに黙り込んだ。長い髪が指先に絡んでは逃げるように風に流される。ある程度乾かしてから再度櫛を通し、それからサイドから全てをまとめてひとつに纏めた。
「首にかかるの邪魔?位置あげとく?」
「ああ」
手櫛で髪を集め、普段より高い位置に固定し、サイドだけ少し緩めに解しておく。これはただの私の趣味だ。出来た、と銀色のポニーテールを指に絡めていると、その頸の白さが目につく。ぷくりと肌の上に浮かんだ汗を、つい指で撫でた。
「…何だ」
「え。あ、いや、つい」
鏡越しにジンがこちらを睨んだ。しかし、そこに鋭さはない。
「…色っぽいなあと思って」
理由になっていないことはわかっているけれど、事実なので仕方がない。ジンは少し呆れたように視線を逸らした。私は誤魔化すようにそわそわと彼の前に回り、前髪はどうする?なんて彼の目にかかる髪を避ける。
「汗で張り付いちゃうし、わけちゃう?」
顔を晒すのが苦手なのは知っているけれど、いつも通りじゃちょっと暑苦しく見える気もする。自分の行動の恥ずかしさをかき消す為にヘアメイクに集中しようとしたのに、じっとこちらを見つめる視線とバッチリと目が合った。
「え、と。ジン?」
前髪を、と続けようとした私の言葉など完全に無視して、彼は両手で私の頭を掴むように挟み、ざっくりと髪を手櫛で掻き揚げて、それを片手で纏める。突然の行動にも、ジンとの距離の近さにもびっくりした私は何も言えずに戸惑うしか出来ない。髪が落ち上げられた首回りだけやけに涼しい。
「なるほどな」
彼は小さく呟いて、纏めた髪を掴んだまま私の頭を自分に引き寄せ、私の首筋に噛み付いた。
「っ、ジン」
甘噛みしたその痕をべろりと舐め上げてから、彼は唇を離し、手も放す。
「ななななにを」
自分の首筋を咄嗟に手で押さえる。ジンは口元を緩めて、フッと笑った。
「ああ、つい、な」
たまあに見せる、揶揄うような芝居掛かった笑みだった。くそう、それでも格好いい。
「はやく支度しろ、置いていくぞ」
自分は人に支度をさせたくせに、やけに楽しそうに言うジンに、さあ何をやり返してやろうかと考えながら、慌てて自分の支度を開始した。
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