「おはよう、零」
「おはよう、と言うには遅くないか?」
彼の寝起きはすこぶる良く、低血圧の私にはやけに眩しく見える。誰のせいで眠れなかったんだ、という悪態をついたところで彼を喜ばせるだけなので、仕事には間に合うからいいのよ、と重力に逆らえずに椅子に座った。
「朝ご飯出来てるよ」
「たべるー」
「味噌汁は?」
「のむー」
椅子にもたれながらへにゃへにゃと返事をすると、零は仕方ないなという呆れ顔で、だけど満更でもない様子でご飯をよそってくれる。
「休みなの?」
「午前休を無理やり取らされたんだ」
「零みたいな上司がいると下が大変そう」
「聞いてみたことはないな」
聞いてもまさか大変とは言えないだろう。
「これ、お昼に持ってってもいい?」
「ああ、そうしてくれ。少し作り過ぎた」
「やった」
お弁当箱を取りに向かう私の前に、零はすっと立ち塞がる。にっこりとその顔立ちをフル活用した微笑みを浮かべている。今日も顔がいい。
「なに?」
「キスは?」
「は?」
「ご飯作ってくれてありがとうのキス」
そっとこちらの腰に手を回す。イケメンのアップは迫力がある。
「…、」
仕方がないので、目を閉じて、ちゅ、と触れるだけのキスをする。
「ありがと」
見ると、満足そうに口元を緩める顔があった。そう素直に喜ばれると、こっちが照れてしまう。
「僕は先に出るよ」
言って、彼はジャケットを羽織り、鞄を持つ。
「これは、」
ぐっと私の頭を抱えるようにして引き寄せ、唇を合わせ、ぬるりと舌を舐めとった。
「行ってきますのキス」
クス、と笑った男の顔は、これから仕事に行く男の顔には思えない。
「ーーいってらっしゃい…!」
私は浮き足立つその背中に投げつけるように送り出した。お陰ですっかり目が覚めてしまって支度はスムーズに進み、予定よりも早く家を出たのだった。



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