小さな嘘をついた。なんてことない、嘘だなんて言うには小さすぎる戯言。
「せんせーのおねがいごとは?」
「織姫様と彦星様が無事に会えますように」
そう微笑むと、彼は小さな体で目一杯私にへばり付いて、絶対叶うよ!と叫んだ。ありがとう、と小さな頭を撫でる。
私のお願い事は、何でしょう。欲しいものは、この手で手に入れてきた。得意なことと好きなことが似ていたから、案外簡単に手に入った。男好きのする容姿は生まれ持っていたし、彼らの好む言葉を囁くことも、彼らの身体の好む場所を探すことも簡単に覚えた。罵られることですら、暴力を振るわれることですら、愛に書き換えられる頭があった。
幼子の眠る顔を眺め見る。あの人はどんな顔で眠っていたかしら。いつだって私より遅く眠り、私より早く起きていた。夢にすら見れないひと。
「すみません、遅くなって」
「待ってくださいね、隼人くん眠ってしまって」
「ああ、僕がやりますから」
抱き起こそうとする私の手に、幼子の父親はそっと自分のを重ねた。ゆり先生、いや、由里さん、と態とらしい声音と、熱のこもった視線。恥ずかしさを装って目を逸らす。
「少しだけ、」
そう呟いて彼は私の唇を塞いだ。ああ、なんて簡単な男。私は純粋な女であることに酔って、微かな抵抗と肯定を見せる。ほら、所詮愛なんてこんなものだ。意図的につくりあげて、酔って溺れる。哀しい温もり。
恥じらいを滲ませながら、男が子供を抱えて去っていくのを見守る。
「……もう、いけると思うけど。そっちの準備は済んでるの?」
『ああ、次でいけ』
「了解。…ねえジン、今夜は?」
『勝手にしろ』
ふふ、と冷たい男の言葉に笑みが漏れる。
「あの人、欲情的なキスをするのよ」
『フン。相変わらず趣味が悪ぃな』
そんな女の相手をいつまでもしてくれるのなら、あなただって人のこと言えないくせに。
私は相変わらず面倒が嫌いで、ぬるま湯の居心地が良くて、寂しがりやのままだ。
どんよりとした闇を見上げる。風に靡く笹の葉がカサカサと音を立てた。一枚、ひらりと短冊が揺られてひらひらと落ちる。
パパとママが仲直りできますように。
純粋な愛とはいつだって哀しく、事実は残酷だ。雲に覆い隠された星の光を、私達は見つけられない。
願い事はなに?そうね、願わくばもう一度くらいあの男に抱かれてみたかった。もう二度と会うことは叶わない。
もう一度がもしあったなら、あなたの言う愛を、もう少しあなたを、知りたかった。




(愛の在り処、余談)



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