何日かぶりのオフで、昨晩は直接彼女の家に帰宅した。身体は確かに疲れていたはずなのに、彼女の姿を見た途端に何の我慢も出来ずに随分と無理をさせた気がする。ぼんやりと起き上がると、そのせいか妙にすっきりしている。隣に彼女の姿はなく、シーツは冷たい。服を着るのも面倒で、そのままリビングへと向かうと、キッチンに立つ彼女の姿が見えた。
「おはよう」
「ああ、」
おはよう、と返した声が掠れる。彼女はおかしそうに小さく笑って、調理の手を止めグラスに水を注いでテーブルに置いた。
ぼんやりしたまま椅子へ腰掛け水を飲む俺の前に、彼女はテキパキと料理を並べる。日本食だ。仕事中はインスタントなものばかり口にしていて、手の込んだ手料理がやけに安心する。
時計を眺めると、もう正午を過ぎていた。彼女の見たがっていた映画の上映時間はとっくに過ぎている。しまったな、と内心で思うけれど、彼女には怒っている様子も呆れている様子もなさそうだ。曖昧な鼻歌と、水の音と食器の音が混じる。
「ちょっと作り過ぎちゃったかな。お待たせ」
彼女は照れたように笑いながら、食器を全て並べ終えて向かいの席に座った。簡単にくくった髪から溢れた毛束がいくつか垂れて肩に掛かっているのに、昨晩の情事を思い出す。気怠さが抜けないであろう体で俺をもてなそうとしているのがわかる。
「愛してる」
いただきます、と彼女が手を合わせたタイミングだった。思わず唇から溢れた。
「へ?」
彼女は突然の言葉に驚いて俺を見て、それからくすくすと笑った。
「私も」
少しだけ照れたように、彼女は言った。ああ、なんて嬉しそうに愛しいものを見るように言うんだろうか。
「愛している。好きだ」
「うん」
「I love you.My love for you is eternal.I can’t live without you.I want to wake up next to you every day for the rest of my life.」
「待って待って、早口でわからないからゆっくり…や、嘘、言い直さなくていいから」
「君と一緒にいられて俺は今最高に幸せだ」
「訳さなくてもいいから」
「けっこ」
「わかったから!」
彼女はガタリと席を立ち上がって俺の口をその手で塞いだ。その顔は照れているのか怒っているのか曖昧だけれど、仄かにが赤い。いけない顔だ、それは。
俺は口を塞ぐ手を取り、引き剥がさずその掌を舐めた。
「ーっ!」
目を見開いて、手を引っ込めようと力を入れるがそう簡単に話してはやらない。
「結こ」
「わー!だから、今じゃないんです、言わないでください!」
「…なぜだ?」
少し手の力を緩めた隙に、彼女は勢いよく手を引っ込めてもう片方の手で守るように覆った。
「…なんでもない時に言われる方が、改まって言われるより現実的でちょっと、心の準備が、まだ」
顔を真っ赤にして目をそらす彼女が可愛くて、つい口元が緩んだ。
「何で笑うの!」
「いや、幸せだと思ってな」
「…そういうところです…」
「何がだ?」
彼女は恨めしそうにこちらをじっと睨みながら、少し間をおいて口を開いた。
「…とりあえず、ご飯を食べましょう。頑張って作ってくれたご飯をちゃんと食べてくれたら多分お互いもっと幸せです」
「ふ。そうだな」
俺は彼女に倣って、手を合わせいただきますをする。
「食べたら、ゆっくり聞いてもらうことにしよう」
そう笑うと彼女は、一瞬安堵した様子で箸を持った手を止めて、目を合わせることもできずに諦めたように、うん、と頷いた。



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