「深瀬恵理ってどの子?」
清乃はぬっと姿を表すと、当たり前のように新一の隣の席に腰掛けてそう声を掛けた。「なんであんたが知ってんだよ」ぼそりと呟き、それはあからさまに呆れた様子だったけれど、清乃はそんなことなど気にせぬ顔で「壁に耳あり障子に目ありってね」なんて、人差し指と小指を立てて古めかしいコールサインを作って見せた。
清乃が視線を送る先には、毛利小五郎がひとりの男性とふたりの女性と向かい合う形で席に座っている。
「お父さんの、右手側にいるひとです」
新一の向かいに座る蘭が、そっと教える。なんで簡単に教えてしまうのかと新一はムッとするけれど、それももちろん気に留められない。
「モデルさんなんですって。ほんと、綺麗なひと」
蘭はほうっとため息をつくように彼女を眺めた。
先日、人為的な事故に遭ったという男性モデルの元恋人であり、現在ストーカー被害に遭っているという女性だ。
事故という名の殺人未遂事件を追っている新一と、ストーカー被害の相談を受けた小五郎と、関係者がかち合ってしまった状況のようだった。
「ふぅん。蘭さんのほうが美人だけどね」
清乃がここに現れた理由は半分は偶然で、半分は興味本位だった。つまり特に意味はない。小五郎の話している電話の内容を偶然耳にし、興味本位で軽く調べたら先の事件と新一の名が聞こえてきただけのことだ。暇つぶしと言って過言ではない。
最近売れてきたところだという深瀬の顔、それからマネージャーとその上司であろう男女の顔を記憶して、視線を戻した。
「え、何」
清乃は、両手で自分の顔を包むようにして頬を赤く染める蘭と、じっとりとした目で自分を睨む新一を見て、特に新一からの圧に目を丸くした。
「清乃さん、からかってんならやめてくんないすか」
「からかうって。え、ああ蘭さんが美人って話?別にからかってないけど」
清乃は手元に携帯用のキセルを持って、くるくると弄びながら首を傾げた。ここは禁煙席だ。
「あ、もちろん新一くんも美人だけどジャンルが違うっていうか」
「そういう話じゃねーから」
真面目な顔して言ってんじゃねーぞと新一が悪態をつくのを、テーブルの下でおそらくギリリと足の指先あたりなんかを踏みつけて蘭が制した。新一の表情がヒッと凍るのとは正反対に、蘭は緩む口元を抑えられないで清乃をちらりと見る。
「清乃さんってば…おだてても何も出ませんからね?」
清乃は以前には蘭にいじらしさを感じていた。健気で甘く、強くてどこか痛々しく思っていた。江戸川コナンという存在がそれを際立たせ、工藤新一という存在がその危うさを取り払った。
「蘭さんが今日も可愛いだけで充分だよ」
清乃がそうにっこりと微笑んだのを見て、蘭も新一もついその笑みに見惚れてしまった。まるで女性にも見えてしまう麗しい男の吐く台詞のわりには、嫌味がないのが清乃の不思議なところだと新一は少し苦手に思う。あの黒の組織の一員であったことや、おそらく今は公安警察の協力者であるということを除いても。
「あ、そうだ。本題なんだけど、これ」
清乃は手品みたいにどこからともなくチケットを二枚手にして、テーブルにふわりと置いた。
「明日から始まる公演のチケット。ゲストで入りたかったら招待受付で名前言って。一般ならそれで。ちなみに千秋楽がおすすめ」
「は」
清乃はさらさらと説明すると、席を立ってじゃあお邪魔しましたと片手を挙げた。
「新一、これ!」
チケットと一緒に置かれた公演のチラシを見た蘭が、スケジュールの表を指で示す。確認すると、千秋楽、アフタートークのゲスト枠に「深瀬恵理」の名が書かれている。
「…何なんだあの人」
咄嗟に立ち上がって振り返ってみても、もう清乃の姿はない。新一は深いため息とともに、もう一度腰を下ろした。




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