クラスが違うと何だかんだですれ違ってなかなか会えない日もあって、そんな日が少し続いてお休みが空けたその日、なるほど秀一さんが妹の様子を「おかしい」という訳だった。
「おはよう、真純ちゃん」
「ん、なまえちゃんおは…よう、」
振り返った彼女は私を凝視した。
「なんか今日いつもより…」呟いて、それからハッとしたように頬を染めて「キミは今日も可愛いな」
照れ隠しのつもりだろうか、まるで当然だよなとでも言うように声を上げ、すぐに背を向けて学校への道を進む。いつもはこちらが悔しいくらいさらりと言うのに。
「あ、待って真純ちゃん」
私はその背中を追って、ふわふわとした癖毛の髪にそっと手を伸ばす。寝癖であろうか、ぴょんと出た毛束を撫でるようにして直そうとすると、その手をぱしりと真純ちゃんが掴む。驚いて彼女を見ると、耳まで真っ赤になっている。
「い、急がなきゃだろ、ほら」
確かに、いつもより少し遅い時間だけれど、まだ焦るほどじゃない。そんなことを言い返すよりも早く、彼女はその手を掴んだまま私を引っ張ってずんずん進んで行く。わあ。うわあ。私今、真純ちゃんと手を繋いで歩いている。つられるようにこっちまで顔が熱くなっていくのがわかる。心臓の音が大きいのは、急ぎ足のせいだけじゃない。
お兄さんも心配するほどの彼女の態度を、嬉しいと思ってしまうのはいけないことでしょうか。でも、どうしようもなく嬉しい。嬉しいけど、でも、ああ、どうしよう。私の心臓が、保たない。
王子様なんていらない
久しぶりに訪れたポアロには、蘭さんと園子さんと世良さんという見知った顔触れがあった。みょうじさんはいない。
みょうじさん、とはその三人といつも一緒に居る子で、なんというか、一番普通の子だ。財閥の娘でも、空手の有段者でも、高校生探偵でもなく、しかし三人とバランスはよく取れていて、姿勢が良く器量の良いいかにも女の子らしいといった雰囲気がある。
僕は挨拶だけを交わし、カウンターでコーヒーを飲んでいただけだが、彼女たちの会話や様子に違和感を覚えた。三人が、その場にいない彼女の話題を出すと、どうにも世良さんの様子がおかしい。しかし、そのおかしい理由がわからない。
なんとなくもやもやとしたままでいた僕にヒントをくれたのは「まるで好きな子への反応みたいですよね」と何の気なしに言った梓さんの言葉と、その後に夕食を共にした赤井から聞いた彼女と世良さんとの間に起こった一部始終の話だった。ヒント、どころか、それは答えだ。
「あなたの妹さんも完全にみょうじさんのこと好きなんじゃないですか」
「やはりそう思うか」
尋ねる前から疑ってもいないように赤井は言い、しかしどうすることもない。教えてあげないんですかと尋ねると、君は人の恋路に口を挟むのかと聞き返された。
「きっと彼女モテるでしょう。自分がフッた相手がいつまでも自分を好きだと思ったら大間違いですよ」
「ほう。痛い目を見たことがあるような言い方だな」
「まさか」
…ああ、まさか。そんなことよりも、彼女だ。彼女の纏う慎ましく柔らかな空気を思い出す。僕は頬杖をついて、小さく口元を緩めた。
あれあむぴじゃない?ま?と甲高い声が上がって、つい目を止めた。授業も終わり、荷物を片付けて鞄を持った途端だった。校門の向こうに停まる白い車と黄色い声。どうしたんだろうと窓の外を眺める私の後ろ、廊下側から名前を呼ばれて振り向くと、去年同じクラスだった子が手招きをしながら立っている。
「なまえちゃんあのね、安室さんって、すごい、王子様みたいにかっこいい人がね、呼んできてくれないかって」
頬を染めて、きっと他にも聞きたいことがあるのを押し隠しながら、精一杯にそれだけ口にした。安室さんは、以前までポアロの店員さんだった探偵さんだ。蘭ちゃんや真純ちゃん、それから秀一さんと親しい。みんなと一緒にお話をしたことはあるけれど、それ以上でも以下でもなかった。私は彼女の好奇心には気付かないフリをして、ありがとうと微笑みだけ返して教室を後にした。
私が校舎を出る頃には彼は派手な見た目の先輩たちに囲まれていて、その光景を眺めながら校門へと進む。陽に照らされる髪はキラキラと透けるように眩しくて、微かに目を細めた。彼は私の姿を確認すると周囲の女生徒たちに断って、私に軽く手を挙げ合図した。
「こんにちは、みょうじさん」
「こんにちは、安室さん。珍しい方からのお呼び出しですね?」
「ちょっとね」
ここでは何も言うことはないらしく、恭しく助手席のドアを開けると言葉もなく誘導した。私は内心で戸惑いながらも、自分を見つめる羨望や嫉妬の視線を考慮して、大人しく助手席に乗り込んだ。彼は他人の目を気にしないようでいながら目立つことを避けていた印象があったけれど、この行動はどうしたのだろうか。
「少し、お付き合い願えるかな?」
彼は運転席に乗り込み、車のエンジンをかけながらそう私へ微笑んだ。どうして、何に、どれだけ、という疑問は後に残して、幸か不幸か断る理由が見つからず、シートベルトを締める。貼り付けた笑みを真似るように、私は頷きと微笑みを返した。
騒ついた校舎に背を向けて、蘭くんと園子くんの後ろを歩く。よっぽどの用事のない限りいつもは自分の隣を歩いているはずの彼女は、気付いた時には窓の外で白い車に乗り込んでいた。胸のあたりがむかむかする。安室透という私立探偵は兄とも仲がいいようだが、どうも信用できない。
「蘭、園子、世良!」
声に振り向くと、新一くんが慌てた様子で駆け寄ってくる。
「安室さん、どこ行ったか知らねーか?」
「さあ、私たちが気付いた頃にはすぐ車出ちゃったし」
新一くんは、だよなあ、と頭を抱える。事情を知っているのだろうか。彼はどうしてか、安室透を信頼してともに事件に立ち会うことが多い。
「デートよう、きっと。安室さんって、ポアロにいた時からなまえのことよく見てたもの」
「そんなはずないよ」
うっとりと楽しげにいう園子くんの言葉を遮るように呟いた。違う。彼女は優しいけれど、他人を勘違いさせるような行動はしない。例え安室さんが彼女に好意を持っていても、彼女はそれに甘んじたりはしない。
「何か知っているんだろ」
僕はじっと新一くんを見る。あー、と彼は唸りながら視線を逸らした。操作中にはあんなに見事に人を騙すこともするくせに、普段の嘘の下手さは人柄なんだろうけれど、今は気に障る。
「何を企んでるんだよ」
「お前こそ何イラついてんだよ」
はっきりしない彼のネクタイを掴む。彼は降参するように両手を上げながらも、こちらを睨み返す。イラついてなんかいない。もやもやとして、スッキリしないだけだ。キミのハッキリしない態度が、気に入らないだけだ。
「この間アンタの兄さんと安室さんと飯食った時に、みょうじのこと気にしてたんだよ。彼女に好きな人がいるって知って焦ったんじゃねーの」
ぎゅっと彼のネクタイを握る手に力が入った。指先が震える。何に腹が立つのかわからない。
自分と彼女の間のことを他人が知っていることが気に入らなかった。彼女が自分のことを深く話すほど秀兄と知らないところで話しているのが悔しかった。彼女は賢い。もしも安室さんが好意を持って接しているならそれに気付くはずだ。じゃあどうして、付いていくんだ。僕のことを好きだと言ったくせに。
僕はパッと握った手を離して、それから新一くんに頭を下げた。
「ごめん。キミの頭脳を貸してくれ。僕も彼女と安室さんがどこに行ったか知りたいんだ。確かめたいことがある」
地面を見つめてそういうと、新一くんは迷ったように間を空けて、それから諦めたように「わあったよ」とため息をついた。
制服のまま連れ回すわけにはいかない、と眉を下げて笑った安室さんに一度自宅まで送ってもらい、それからいつも予約でいっぱいの高級ホテルのラウンジでアフタヌーンティーを頂き、少し前に出来たばかりの大型商業施設でショッピングをして、少し休もうかと落ち着いたカフェバーへ入る頃には、お店はバータイムに入ったところだった。彼はアイスコーヒーを頼み、私はホットコーヒーを頼んだ。
「尾行なんて、嘘ですよね?」
私は粗目のお砂糖をスプーン一杯、黒い水面にゆっくりと沈ませながら尋ねた。彼は、探偵のお仕事である人を追っているが、場所が場所だけに自分だけでは不自然だから私をカモフラージュに使うのだと説明してくれた。初めは深く考えずに了承したけれど、ふと気付けばそんなことは口実だとわかる。そして彼は、そう気付かれることもわかっている。
「何か口実でもないと、みょうじさんは僕の誘いに乗ってくれないでしょう?」
そう美しく微笑んだ顔には、後ろめたさなんて少しもなかった。色々な意味で、強い人だと思う。
「どうして私をお誘い下さったんでしょう」
コーヒーカップの底で音もなく粗目が溶けてゆく。カップを鳴らしてしまわないように、くるくるとスプーンを回す。
「君のことが気になるからさ」
「どういう意味か計りかねますね」
「好意を持っている、と言えばわかるかな?」
私は持ち上げたカップを傾ける手を止めて、ソーサーに戻した。コーヒーをこぼしてしまう訳にはいかない。これでも、秀一さんと会う時のように、大人の男性と出掛けられる程度の身嗜みには気をつけてきている。
ふふ、とつい笑みが漏れてしまった。
「意外と、嘘がお上手なんですね」
彼は柔らかな微笑みを少しだけ強張らせた。
「嘘?」
「気分を悪くしたならごめんなさい。でも、それも何かの口実ですよね?」
秀一さんから、真純ちゃんとのことを聞いたのかも知れない。秀一さんと彼は仲がいいし、この間カフェで会ったときに、その後安室さんと工藤くんと食事だと言っていたから、それは一番最初から思っていた。お店を回っている間に、もしかしてこの人は私を好きなのかも知れないとも考えたのは確かだった。けれど、彼の視線や仕草、言葉や気遣いには何にもそれを感じない。それが恋であるかどうかは別として、本当に好意であるかどうかは別として、相手の気を引こうとか、相手に好かれたいとか、自分の意図に気付いて欲しいとか、気付かないままでいて欲しいとか、挙げたらキリがないほどの複雑な感情を、何にも感じないのだ。
彼は微笑みを崩さないまま考え込むように間をとってから、降参したように眉を下げた。
「世良さんが君に好意を持っているように見えてね」
彼は長い指でストローをくるくると弄ぶ。何をしても絵になる人だ。通り過ぎる給仕の女性が頬を染めて目線を反らせないまま通り過ぎた。
「その後、赤井に話を聞いた。勝手にもどかしく思えたんだ」
大人たちはどうしてこれ程に飢えているんだろう。それとも私が甘いだけだろうか。
「それでわざわざ、あんなに注目を浴びてお迎えに?」
「あれはちょっと失敗だったかな。あんなに騒がれるとは思ってなくて」
その困り顔は、本当だなと思う。鋭い人は、どうにも自分への認識が少し甘い気がする。真純ちゃんも、秀一さんも、工藤くんもそう。
「私は少し、怒っているんですよ?」
なるべく冗談めかして訴えてみる。本当は軽蔑する気持ちが芽生えるほどには腹を立てているけれど、きっと伝わりはしない。
「女性はある程度の嫉妬を求めているものかと」
「他人の干渉は別です」
つい語気が強まった。少し驚いた顔をしている彼を見て、急に恥ずかしくなって慌てて俯いた。また、みっともない。私はなるべく自然を装って、席を立った。足早に向かったお手洗いで、鏡に越しに自分と向き合う。
安室さんは、真純ちゃんが私を気にかけてると思っている。それがどういう気持ちからかはわからないけれど、何か意識をしているというのは私にもわかる。それに、カマをかけたのだ。他の男と出かけるところを見せつけて、気持ちを測った。どうしてもっと早く気付けなかったのだろうと自分を恨む。彼女を傷付ける可能性を孕んでまで、彼女の気持ちを確かめたいわけじゃない。
私は自分を睨む。何が一番悲しいかって、それでも、人から見ても彼女が私を意識しているように思えることが嬉しい自分の浅ましさだ。今頃自分を探してくれているんじゃないか、なんて期待をしている。だから、私は安室さんに失礼だからという言い訳を自分にしながら、携帯を一度も開いていない。
はあっとため息をつく。こんな動揺を、期待を、安室さんの前で見せるつもりはなかった。きゅっと息を飲んで、お手洗いを出る。
「よう、久しぶりだな」
背の高い男が立ちはだかった。咄嗟に誰、と呟いてしまったことに後悔しても、言葉はもう戻らない。
頭脳を使うよりも足を使ったのは、初心を取り戻すには有効な手段だったかもしれない。安室さんや彼女の容姿を考えたら、聴き込みが一番有効だった。そうしてたどり着いた一軒のカフェは、もうバータイムへと切り替わっている。日も沈み終えた頃。
「素直に入るか?俺たちの入るような店じゃないぞ」
初期段階でわかったことは、彼女が制服から私服に着替えていることだけれど、生憎俺たちは制服のままだ。アルコールの提供を始めた店で学生とわかる姿はあまり頂けないが、未成年が出歩いて補導される時間にはまだ達していない。どうする。
「彼女と話すだけだから関係ない」
「商売してる店に入ってそれだけってわけには…」
「待って」
その店の見える範囲の路地から覗いていると、店の傍で人影が動いた。黒い影は、人相の判別も出来ない。
「…なまえちゃんだ」
世良が呟いて、その瞬間に身を乗り出すのを咄嗟に掴んだ。
「待てよ!」
「離せ!」
「まだわかんねーだろうが!」
「僕にはわかる!」
世良は当たり前のように叫んだ。そして、言い合いをしている視界の端で、たしかに、その人影が男と女である事、そして女の面影がみょうじに良く似ている事が、見えた。
俺は咄嗟に世良の腕を掴む手の力を緩め、その隙を逃さず世良は手から逃れ走り出す。
「待っ…!」
舌を噛みそうになりながら、俺も地面を蹴る。
それからは、あっという間だった。
確かに男に連れられて店の裏口から出てきたのはみょうじで間違いはなく、彼女の腕を無理に引いて出てきたのは見知らぬ男だった。彼が彼女を投げるようにして路地に向けて手を離したのを、受け止めたのは降谷さんだった。しかし、おそらく誰もが予想外だったのは、降谷さんに抱き留められた彼女が、それを拒絶して彼の胸を押し返したことだった。あの降谷さんが呆気にとられた顔を、俺は見逃さなかった。そんなことあるのか、と俺が思うのと、きっと同じことを彼も思っていたし、彼女を乱暴に扱った男ですら動揺しているのがわかった。
降谷さんを突き離したところで、その肉体を前に実際に突き飛ばされたのは彼女で、よろりと眩んだ彼女の体をすんでのところで抱き留めたのは駆け出した世良だった。
男は、拒絶された降谷さんを焦って煽ったことにより、プライドを傷つけられた彼に一発でノックアウトされた。確実にその男が悪いが、余りにも顔面に綺麗に入ったグーパンに哀れみを感じてしまう。鼻、折れてないといいけど。
立ちはだかった男は、中学の頃に交際をお断りした先輩だった。学校内では人気者だった彼は、呼び出したりもせず他の生徒たちもたくさんいる中で告白をした。つまり、お断りしたことは周知され、恥をかかされた、ということを未だに恨んでいて、働いていたこの店で偶然見つけた私に復讐をしたかったのだと思う。
安室さんは、私と真純ちゃんに車で待つように言って、工藤くんとお店へ戻って行った。お店の人とお話をしてくるようだった。
二人きりで、手を繋いだまま後部座席で肩を並べる。
「心配した」
「…ごめんなさい」
「うん」
真純ちゃんの短いその言葉を聞いて、泣きそうになるのをぐっと堪える。真純ちゃんは、怒っている。怒らせた。こんな風に試すようなこと、したかったわけじゃないなんて言い訳がましいことは、口に出せなかった。次の言葉が見つからない。彼女を好きだと言ったくせに、軽率に他の人に連れられて、昔の私の事情に巻き込んで心配をかけて、みっともないなんてどころじゃない。何をどう伝えたらいいのか、わからない。
「…あのさ」
長い沈黙のあと、口を開いたのは真純ちゃんだった。落ち着いた声音に、どきりとする。
「いっぱい考えたんだ。新一くんからも話を聞いた。秀兄に相談とかしてたんだろ?今日は一方的なデートだったんだよな」
確かめるように、自分に言い聞かせるように真純ちゃんは続けた。
「僕、一瞬でも疑ったんだ。僕のこと好きって言ったくせにって。そんなこと言える立場じゃないのはわかってるんだ。でも、なんか、むかむかしてさ」
私は彼女の横顔を見つめる。彼女はどこか遠くを見つめているだけで、その横顔は美しかった。
「僕も、なまえちゃんのことが好きなんだと思う」
真純ちゃんの、深い緑色の瞳が真っ直ぐに私を見た。なんて綺麗な目をしているんだろう。
「キミとおんなじ"好き"だ」
言って、彼女は少しだけ眉を下げて、それから私の頬に触れた。耐えていたはずの涙が零れて、彼女の指先がそれを掬う。
「僕がハッキリしないせいで、嫌な思いさせてごめん」
私はふるふると首を横に振る。真純ちゃんのせいじゃない。
「キミを何度も泣かせてしまったけど、まだ僕のこと好きでいてくれる?」
「すき、」
自信がなさそうに優しく言った真純ちゃんに、その言葉はすんなりと溢れた。
「だいすきよ、真純ちゃん。うれしい、私、さっき、他の人に触れられるの、すごく嫌で、気持ち悪くて、真純ちゃんが来てくれて、本当に嬉しかったの」
真純ちゃんじゃなきゃいやだ。子供が駄々をこねるように泣きじゃくる私を、あやすように彼女は抱きしめてくれた。
「僕も、他のやつに触らせるなんて嫌だ」
私たちはお互いを抱えるように抱き合って、ごめんね、ありがとう、大好きよと繰り返し伝え合って、あんまりの嬉しさとその体温の安堵に、頬を濡らしたまま知らぬ間に意識を埋めた。
王子様みたいだと、彼女の学友が僕のことを伝えたと言っていた。調子に乗って、では参りましょうか姫、なんて車を降りる彼女に手を差し出したら、彼女は綺麗に微笑んでその手を避けた。私は健気に待っているだけのお姫様にはなれないことに気付いたんです、と強い目をして一人で軽やかに車を降りて歩き出したときに、僕は思っていたよりずっと彼女に惹かれたなんてことを誰も知る由はない。
「気持ち悪いっていうのは、ひどいよね」
自惚れかもしれないが、まさか僕が女性にそんな風に思われることがあるなんて信じられなかった。咄嗟のこととはいえ、あんなに全力で拒否することないじゃないか。
店の人とこの一件について話し合いを終え、被害届は出さない代わりにこれ以上の報復を考えたらどういうことになるかを丁寧に説明した後、車に残した二人の邪魔をしないようにとお店の人の好意で新一くんと一杯ずつご馳走になっている。
「…自分の車だからって盗聴器仕込んでる人がよく言いますね」
「君も聞いている時点で共犯だよ」
「そういうところですよ、降谷さん」
何がだい?と首をかしげると、彼は呆れた顔をして何でもないですとため息をついた。
イヤホンからの音がなくなる頃に車に戻ると、お姫様二人は抱き合うようにしてシートの真ん中で眠ってしまっていた。彼女は連れ回される間ずっと気を張っていたし、世良さんも随分と駆け回ったのだろう。新一くんも欠伸をひとつ噛み殺している。
「安全運転でお願いしますよ」
シートベルトを締めながら言う彼に、もちろんと返して車を発進させた。
後日、仕事の都合で赤井に連絡をした際にその日のことを話したら、誰かしらからこの一件の話を聞いていたようで、さらに僕の話を聞いた後に新一くんと同じトーンで「そういうところだぞ、降谷くん」とため息をつかれたことは誰にも言っていない。二人は晴れて両思い、以前にも増して仲良しで、それに関しては微笑ましい限りだが、どうも彼らの僕の扱いに納得がいかないでいる。
風見にでも問うてみようか。君はどう思う。
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