今年も帰ってくるー?と友達からメールが来ていた。八月も半ばになっていることに気づいて、そういえば来週帰る予定だったんだ、と思い出す。私の勤める会社は、世間様の大型連休であるお盆にせっせと仕事をする代わりに、その前後で一週間ほどの休みをもらえるようになっている。入社一年目の去年も、地元のお祭りに合わせて帰省するため、遅れたお盆休みを取っていた。今年も例に漏れず、地元のお祭りに行くべく休みを申請している。
帰るよ、と返信すると、日程の詳細を聞かれ、いつが空いてる、この日に会おうと話が進んで行く。翌日には違う友人から、帰ってくるんだって?と連絡が来て、続々と友人からのメールがきては予定が増えてゆく。帰るたびに会う友人もいれば、何年ぶりかの友人もいる。それに加えて、誰が帰ってきてるよ、とか、誰が結婚したらしいよ、なんて話も早くも聞こえてくる。仲のいい友人たちからはまだそういう声は聞こえてはこないし、私自身も結婚どころか恋人すらいないので、実感わかないねなんていう話をしていた。
今年はどの浴衣を着ようかな、なんてことを考えながら一週間を過ごす。夏祭りには浴衣だ。昔おばあちゃんに着付けを教えてもらってから、毎年着るようにしている。着物にしろ浴衣にしろ着れる機会は少ないから、着ていける口実はなんでもいい。着物はさすがに無理だけれど、浴衣はおばあちゃんにもらったものや、学生の頃に買ったものを含めると、案外何枚も持っている。去年は一人暮らしを始めたばかりでお金もなかったけれど、今年は新しいのを買っちゃおうかなあ。

この時期になると、いつも思い出す。高校一年生の夏。夏って言っても、八月の終わりはもう夏も終わり始めていて、夜になると湿気を残しながらも秋の匂いを感じるようになっていた。地元は緑も多いから、なおさらそう感じるのかもしれない。
当時、私には好きな人がいた。幼馴染で腐れ縁の男で、何かと私に突っかかってきては、私にあしらわれて笑っていた。中学の間はいつも一緒にいるからと、まるで周りには恋人のような扱いをされて、否定しながらも私は満更ではなかったけれど、近すぎる距離に素直になれないままだった。後で思えば好きだった、と思えるけれど、当時はその感情を否定していたのだ。幼い強がりだった。
中学三年生になって、萩原に彼女ができた。彼女は私と仲が良かった同級生で、なんとなく、彼女が彼を好きなことを知っていたし、そんな彼女を彼が可愛いと思っていたのも知っていた。付き合うことになった、と聞いた時、私は素直に嬉しかったし、喜んであげられた。大切な人同士が恋人になるなんて、幸せなことだ。
中学生というのは中途半端に子供で、学年でも何組かのカップルがいたけれど、何かとからかわれる対象になる。それに照れて、なぜだか私は彼と彼女と一緒にいることが多かった。カモフラージュに使われたんだろう。萩原とは昔からの仲だし、彼女とも仲が良かったから、最初は三人でじゃれて遊んでいた。それで問題はなかった。はずだった。
女っていうのは怖いもので、気がついたら私は彼女の周りで悪者になっていた。理不尽な話だ。私と萩原が仲がいいのが気に入らないのだそうだった。彼女と彼の仲を邪魔しているのだという。二人きりでいるのが恥ずかしいからここにいて、と恥ずかしそうに目をそらしながら私の手を掴んだ彼女は半年も経てば消えてしまった。結局、私は彼女とその頃からずっと口を聞いていない。
「悪いねえ、うちのが」
萩原は相変わらず私に突っかかるのをやめなかったので、彼女と付き合いがなくなってからもよく私の前に現れた。女の怖さを知らずに呑気なものだと思っていたら、どうやら状況は察していたようだ。
「わかってるなら愛しの彼女んとこいきなさいよ」
「あれはあれで可愛いんだけど、なまえが落ち着くんだよなあ」
「あんたそういうところだよ」
「放っておけないだろ?」
萩原は楽しそうに笑った。はいはい、と私は確か、適当にあしらったのだと思う。
卒業間際、一瞬だけ彼と彼女は別れた。原因は何なのかは教えてもらえなかったけど、つまりきっと私だったんじゃないかと思う。突然の彼からの着信に出ると、暇?なら出てきて、とだけ言って通話は切れた。もう日が暮れた時間だったけれど、特に何をしていたわけでもないので家を出ると、萩原は家の向かいの公園のフェンスに寄りかかって、よっと片手を上げた。
「振られちゃった」
「は?」
「だからなまえに慰めてもらおうと思って」
そうへにゃりと笑った。成績のいい男だったが、こいつは馬鹿なのかと改めて思った。そういうところだって言ってるじゃないか。
「別に俺は不満なんてないんだけどなー」
ちっとも振られてきたような素振りじゃなかったくせに、ふと寂しそうに言うから、ああちゃんと彼は彼女のこと好きなんだなあと見せつけられただけのように感じた。私は萩原のことを好きな自覚をまだ持っていなかったけれど、だからって、別れた原因であろう私の元に、振られた当日にのこのこ現れるような男に同情する義理はなく、いつものように適当にあしらって、ほとんどただの雑談をするだけして帰っていった。しかし、一週間も経てばまたヨリを戻していて、同級生たちは彼らが別れていたなんてことも知らないようだった。とんだ茶番に付き合わされたな、と思いながら彼らを見ていた。
中学を卒業して私たちはそれぞれ別の学校に進学した。それからは彼女とはもちろん、萩原と連絡を取ることもなかったけれど、特別遠い学校へ行ったわけでもないし、まだ付き合ってるみたいだよ、なんて特に興味もないくせに彼らの近況を教えてくれる誰かが必ずいて、そりゃあ良かったねえ、と他人事のように流していた。
高校生になってからも、結局行動範囲としてそこまで拡大することなく、その夏も地元の友達とお祭りに行った。地元では大きな祭りなので、大体知った顔に会う。女子数人で向かって、他の友達や男子グループと現地で顔を合わせる。さっきあいつも来てたよ、あーあいつらも見かけた、と知った名前が挙がる中に、彼と彼女の名前もあった。合流しては別れ、話し込んでは入れ替わりを繰り返しながら、最終的にメンバーが固定する。その中の何人かが、手持ち花火を買ってきていたのだったと思う。
「え、私たちもやりたい!」
「コンビニで足そうよ」
十人ほどの大所帯だ。会場のはずれで花火をする家族や子供なんかがいるけれど、これ以上人数が増えるのも、人の多い場所で花火をするのも躊躇われた。
「じゃあ場所変えたほうがいいんじゃない?公園行く?」
本当は、萩原と彼女が並んで歩いているところを、私が見たくないだけだった。そんなことを知らずに、友人たちはこの案に乗り、花火と一緒にジュースやらなんやらを買ってくる人と先に公園に向かう人とで別れ、私や浴衣のメンツは気を使われて先に公園へと向かうことになった。
カラカラと下駄の足音が重なって歩く。和服に慣れない友人達の裾がはためくのが気になったことを覚えている。
その後、買い出し班と合流する頃には日も暮れ終わり、お祭りの打ち上げ花火が上がり始めた。空にも花火、手元にも花火で、視界に沢山の花が咲く。次々と花火は咲いては落ち、地面に置いて使うタイプの花火をふざけて手に持つ男子に怒号が飛んだり、ねずみ花火に慌てふためいたり、へび玉をただじっと見つめて笑った。
お祭りの打ち上げ花火が終わる頃、私たちの用意した花火も少なくなり、ぼんやりとみんな空を見上げていた。とろとろとした夏の夜に、花が咲いてはキラキラと花びらは落ち消えてゆく。ああ夏が終わってゆく。
「お、萩原」
「出たリア充」
「花火とともに爆発しろ」
背後で男子達の声がする。よく知った声が話している。私は振り向きもしない手間、花火を見上げたままだ。折角わざわざ公園まで移動したのに、私の悪足掻きは無駄に終わったようだ。
打ち上げ花火の最期の一輪が夜に消えた。私たちはほうっとため息のような息を吐いて、それから一種類だけ残った花火をそれぞれ灯し始める。線香花火だ。
「ん、みょうじ」
「ありがとー」
去年一緒に学級委員をやった男子が、ひょいとこちらへ花火を渡す。それを受け取って、私たちはそのまま二人して並んでそこに座り込み、火をつけた。なんとなく線香花火は、どちらが長く火種を落とさずにいられるかの勝負だという暗黙の了解があった。
私は彼と、じっと指先から垂れる花火の火玉を見つめる。パチパチと小花が弾けては消え、どんどんと火玉はぶよぶよと大きくなっていく。
「よー、なまえ」
「っ、わ」
「あ」
ドン、と肩に触れられた衝撃で、手元が揺れる。ポタリと、火玉が落ちて一瞬でその球は黒く燻り見えなくなった。
「お。悪ぃ」
「萩原!」
「ごめんってー」
すっと立ち上がって声を上げる私を宥めるように、彼は新しい線香花火をこちらに手渡した。私は渋々また座り込んで、花火の先に火をつける。萩原は私の向かいに、同じように座り込んで花火に火をつけた。
「勝つ」
「おう」
そうしてまた、パチパチと弾けては消える花火を見つめる。地面や私たちを照らして消える。それに合わせて影が揺れる。
火玉はゆっくりとじわじわと大きくなっていく。まるでそれが自分の心見たいで、じっとその様子を見ていた。強がって何も気付かないフリをして笑って、じくじくと膿がたまっていく。はやく燃え尽きて灰になってしまえばいいのにな。
「あ、」
萩原の花火が消えた。
ばっと顔を上げて萩原を見ると、ばっちりと目が合う。
「萩原、?」
「おう、」
「落ちたよ」
「おお。負けた」
へらりと彼が笑った。下らないお遊びだけれど、ちっとも気がなくてこっちまで甲斐がない。そうしているうちに、私の持つ花火の火もぽとりと落ちた。
「私の勝ち」
「ちぇー。でも、まあ」
彼は自分の膝で頬杖をついて、私をじっと見た。
「綺麗だったしいいや」
「、」
そう笑って、彼は立ち上がり、私にすっと手を差し出した。私はその手を見つめて、それからその手を無視して立ち上がる。彼は少しだけ呆れたように笑った。その手を、私が取れるわけがないじゃない。
「やっぱり似合うな、浴衣」
萩原は目を細めて言うだけ言って、両腕を頭の後ろで組み、何にもなかったかのように、花火がなくなり暇を持て余した塊に混じっていった。
私は彼に何も言葉を返せないまま、また彼女と一緒に公園を出て行く時にも目もくれないまま、なかなか消えてはくれない心の中の火玉をただただ燃やしていた夏だった。




(あの日の花火の続きをしよう)

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