5


飛躍した話にエレンは困惑していると、
左隣に座るアルミンが
ハンジの話に大きく頷いていた。
口許に手を当て
何かを思案している様子の彼女は、
「賭ける価値は大いにあると思います」と
はっきりと告げた。



「同じやり方が可能なら、
ウォール・マリアの奪還も明るいですよね。
大量の資材を運ぶ必要が無いとなると…
シガンシナ区まで最速で向かうことも
可能だと思います」




要は壁の穴まで
エレン1人を連れていけば良いのだから、
資材やそれを支える人員、
兵站は必要がなくなる。
従来の、壁外に補給地点を設けながら進む
やり方では、およそ20年かかる計算だったが、
少数だけなら一気に
ウォール・マリアまで行くことも可能となる。




「…それと、そうだな。出来れば…
夜間に壁外の作戦を決行するのは
どうでしょうか?」




それは予想外の発案だったのか、
ハンジは目を丸くしてアルミンを凝視する。




「夜に!?」




「はい!巨人が動けない夜にです!」




巨人は日光が無いと動くことは出来ない。
ハンジが行った巨人の生体実験で
それは明らかとなった。
壁の中の巨人を発見した後、ニック司祭も
早く日光を遮断しろ、と強く訴えてきたので
巨人が夜間に行動が出来ないというのは
事実だと言い切れるだろう。




「松明の明かりだけで
馬を駆けさせることは出来ませんが…
その速度でも人数さえ絞れば、
夜明けまでにウォール・マリアへ
行けるかもしれません」




「…………」




彼女の話を一度頭の中で整理して飲み込み、
ハンジは深く溜め息を吐いた。
懐かしい、この感じ。
自分と同じレベルで会話が出来る同性の相手。
昔はシャオという兵士が務めてくれたその役を
今度はアルミンが引き受けてくれるようだ。
しかも彼女は、エルヴィンと同等の
知識の塊である。




(まーた、リヴァイと取り合いっこ
しなくちゃいけなくなるね)




昔、シャオがまだ生きていた頃。
今回の生体実験について語り明かしたいと
シャオの私室を尋ねたら、
彼女の部屋のベッドで
寝そべっていたリヴァイに
人を殺せそうな目で睨まれたのだ。
そんなことは日常茶飯事で、
2人は常にシャオを取り合い
軽口を叩き合っていた。良い思い出だ。




「…ただし、全ては…
エレンが穴を塞げるかどうかに
懸かってるんですが…」




大きな青い目を向けられてエレンは息を呑む。
硬質化なんて今までやったことがないし、
どうすれば出来るのかも解らない。
目を泳がせるエレンに気付き
困らせてしまったとアルミンは慌てて弁明する。




「でも!硬質化のやり方も解らないだろうし
まだ何とも言えないよね…ごめん。
そもそも、巨人化は本調子じゃないと
体に負担を掛ける…エレンはまだ、
何も考えなくていいよ」




「…アルミン…」




自分を気遣うアルミンの顔を見て
エレンは尚更言葉に窮してしまう。
しかし、そんな彼を追い立てたのは
やれ、というリヴァイの辛辣な一言だった。
部下にはっきりと"命令"したリヴァイに
そこに居る全員の視線が注がれる。



「出来そうかどうかじゃねぇだろ、エレン…
やれ。やるしかねぇだろ」




一切の甘えを許さないといった目で
エレンをきつく睨み付け、
リヴァイは淡々と、
明らかに逃げ腰の彼に言い聞かせる。





「こんな状況だ…兵団もそれに
死力を尽くす以外にやることはねぇはずだ。
必ず成功させろ」




「…は、はい!」




直属の上官からの叱咤激励に、
エレンは気を引き締める。
金色の双眸に力が宿ったのを間近で見て、
アルミンは感心したように声を漏らした。

今日はリヴァイの様々な表情を見ることが出来た。
エルヴィンとエレンと共に
馬車に乗り込む時に見えた、兵士長としての顔。
作戦後、自分を捜しに来た時の恋人としての顔。
つい先程垣間見えた、地下街のゴロツキ時代の顔。
そして今、敢えて厳しい言葉を選び
部下を奮い立たせた上官としての顔。

全ての瞬間に、アルミンは惹かれた。

兵士長としての重責を難なく背負う彼を
格好良いと思うし、しかし2人きりになると
これでもかと自分を甘やかし、
そして稀に甘えてくる彼を可愛いと思う。
影のある表情を見せられては
彼のことをもっと知りたいと思うし、何より
反抗期を体現したかのような性格のエレンが
リヴァイに忠実に従っているのを見ると、
彼の背中についていけば大丈夫なんだ、と
絶対の信頼を寄せることが出来る。





(…本当に、素敵な人だな。兵長は)




ガタガタと揺れる荷馬車の上、
月明かりが照らすリヴァイの端正な顔に
目を奪われていると、此方に気付いた彼は
目を細め、ほんの僅かに口角を上げた。

その瞬間、どきりと鼓動が跳ねたと同時に
少しだけエレンが羨ましくなった。
彼の監視下に置かれているエレンは、
この1ヶ月間、
常にリヴァイと行動を共にしてきた。
もしかすると、この先もそうなるかもしれない。


いいなぁ。ずっと隣に居たい。



僕も、巨人だったらなぁ。




と、馬鹿みたいなことを考えた。


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