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血にまみれた手を消毒し、ガーゼを当て、包帯を巻く。シャオは審議所でもこうやってエレンの手当てをした。
「痛っ…」
「痛いよね、もう少し我慢して」
どうやらエレンは何とかして巨人化しようと数回に分けて噛みついたらしく、跡が数ヶ所もあった。自分の手によくもこう思いっきり噛みつけるものだと、シャオは眉をしかめた。
「一回で出来ないときは諦めていいんだよ?エレン」
「すみません…」
審議所の時はみるみる塞がっていった傷口が、今回は塞がらない。何故だろう、と首を傾げるシャオを見つめて、エレンは困ったように眉を下げる。
がっかりさせたかもしれない。
近くだと肌の美しさが余計に際立つシャオを見て、エレンは意味もなく、すみません、と繰り返した。手当てをしている間、何度も謝罪の言葉を述べられ、シャオは呆れたように笑った。
「何が〜?エレンは悪くないでしょ?」
「だってシャオさん、俺巨人化出来ないと…」
地面に腰を下ろしたまま向かい合って騒いでいる二人に、近付く影あり。その正体が剣幕のリヴァイだと解ると、エレンの体は硬直する。
「そうだ。お前が巨人になれないとなると、ウォール・マリアを塞ぐという大義もクソもなくなる…」
エレンを睨み付けたままそう言い、リヴァイはシャオに自然と右手を差し出した。シャオは躊躇わずにその手を掴み、立ち上がる。
あ、とエレンが衝撃を受けたのは一瞬のことで、「紅茶を淹れろ」と指示を受けたシャオは元気よく返事をし、休憩所の方へ向かっていく。
「命令だ。何とかしろ」
「…はい……」
それだけ言い残し、リヴァイは踵を返す。
何とかしたいが、どうすれば良いか解らないから困っているんじゃないかと、エレンの胸には更に鬱々としたものが広がった。
それに、それとなくシャオの手を握ったリヴァイを見てエレンはやけにむしゃくしゃした。彼は女性を立たせる為に自然とエスコートをしただけなのかも知れないが、シャオに想いを寄せている身としてはそんな些細な行動が腹立たしくて仕方ない。
「エレンもおいでー」
そうペトラに呼ばれて、エレンは沸き上がる嫉妬心を抑えながら休憩所へ向かった。
木のテーブルの上にはシャオが用意したティーカップが並んでおり、エレンも空いている席に腰を下ろす。浮かない顔のエレンを見て苦笑し、エルドは優しく声をかけてやる。
「そう気を落とすな。焦って命を落とすよりはずっと良かった」
「あぁ…慎重が過ぎるってことはないだろう」
隣に座ったグンタも同調してくれ、エレンは申し訳なく思いながらも静かに息を吐く。リヴァイ班の先輩たちは優しい。いや、優しすぎる。
(俺が巨人にならないと大変なのに…)
寧ろ、リヴァイの反応の方が正しいような気さえする。エルドやグンタの発言は、まるで…現状を変えることを望んでいないみたいだ。
「まぁ思ったよりお前は人間だったって事だよ!」と、オルオが揶揄してエレンの肩をばしんと叩くが、エレンは普段のように反抗する素振りは見せない。
「エレン、ミルクも入れる?」
その時、手にミルクピッチャーを持ったシャオが近付いてきた。エレンが頷いたのを見て、シャオはテーブルにミルクピッチャーを置き、スプーンを差し出す。それを受け取ろうとした際に右手に激痛が走り、エレンはスプーンを落としてしまった。
「「あ。」」
カラン、と音を立てて地面に転がっていくスプーン。それを拾おうと、エレンとシャオが二人同時に屈んだ瞬間。
―――…それは起きた。
ドオオン、という轟音と共に、辺りには煙が巻き起こる。座っていたエルド、グンタ、オルオの三人は衝撃に吹き飛ばされ、数メートル先に転がり落ちる。
立ち込める煙と風圧に、少し離れた場所に居たペトラは、煙が発生した部分を凝視する。
そして、それを見て悲痛な叫び声を上げた。
「シャオーーー!!」
そこには頭から血を流したシャオが倒れている。そして、それを茫然と見下ろしている巨人。巨人だ。ペトラは迷わずにブレードを握り、斬りかかろうと地面を蹴る。
ここから向かえば10秒もかからないはず。シャオは地面に俯せで転がったまま動かない。死んだのかもしれない。仇を討つ。あの巨人を殺す。
周りの兵士もそうだ。普段はふざけているオルオも、冷静なグンタも、優しいエルドも…皆ブレードを手にして巨人を仕留めようと距離を詰めていく。当たり前だ、シャオの仇だ。
殺さないと気がすまない。
しかしただ一人、その行動に待ったをかけた人物が居た。
…リヴァイだった。
「落ち着け」
巨人を庇うようにしてリヴァイが立ちはだかれば、四人は巨人に手を出せない。それでも四人はブレードをしまおうとはせず、隙あらば殺そうと目で訴えてくる。凄まじい殺気だ。
「落ち着けと言っているんだ、お前ら」
「兵長!!そいつはシャオを…」
「シャオは死んでない。寸前で俺が庇った。怪我はしているが無事だ」
リヴァイのその発言にエレンはハッとし、シャオの姿を探す。彼女は自分が居る場所から数メートル離れた場所に倒れていた。
「そんな…シャオさん…!」
俺がやったのか…?
彼女は気を失っているようで動かない。リヴァイは怪我をしただけと言っていたが、本当にそうだろうか?そもそもこの一瞬で確認できたのか?
愕然としたまま、エレンは自分に罵声を浴びせるリヴァイ班の面々を見渡した。
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