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古城での生活三日目。
訓練兵団本部では本日、新兵勧誘式が開催される。

リヴァイは本部に呼び出されているので早朝から不在で、リヴァイ班の面々は早い時間からエルドの指揮の元で訓練を行っていた。
午後からはいつも通り城の掃除をする予定だったが、昼食の跡片付けをしている時、エレンはシャオに呼ばれた。



「片付け終わったら厩舎にきてー!」



眩しい笑顔で呼ばれたら、エレンの食器を洗う手は自然と早まる。ガチャガチャと音を立てて洗っていると「おい、割るなよ」とグンタに注意
を受けた。

布巾で綺麗に拭いてから食器棚にしまい、タオルで手を拭いた後駆け足で厩舎に向かうと、穏やかな顔で馬を撫でているシャオと目が合った。

日光を反射して、彼女のミルクティー色の髪が輝いている。



「さぁ、行こ!」



「えっと…何処に?」



「本部!」



午前の訓練の疲れを微塵も見せず、シャオは馬の背に股がる。体を動かすのが苦手と言っていたが、彼女も3年間の訓練兵時代を経て調査兵団に入団している。更に、調査兵団に入団してもう2年が経過したと聞く。常人よりは体力があるのは当然だ。



「本部って、兵長の所ですか?」



「ちがう〜、今日は104期生の新兵勧誘式でしょう?」



エレンも自分の馬を厩舎から出し、軽々と飛び乗り彼女の隣に並んだ。



「エレンの友達、見に行こうよ!エルドさんに許可は貰ってるから」



ね!と笑うシャオに、エレンは曖昧な笑みを浮かべた。

ミカサやアルミンに会いたい気持ちは勿論ある。だが、エレンは人の多い場所にあまり行きたくはなかった。トロスト区奪還作戦を機に、巨人化出来るエレンは好奇の目に晒されるようになったのだ。巨人の力で穴を塞ぎ、奪還作戦の一番の功労者である筈なのに、巨人への憎悪が強い人間からは侮蔑の眼差しを向けられる。

周囲から冷たい目を向けられて心を痛めたエレンは、外では常にフードを被っていた。


予想通りの反応を見てもシャオは何も言わず、「今日はいい天気だねー」と呑気に馬を走らせた。





◆◇◆◇◆◇





エレンと新兵勧誘式に行ってきてもいいですか?と、エルドに尋ねると、やはり理由を求められた。

シャオは穏やかで優しい子だし頭も良いが、本部に居る時から自由奔放な気があった。ハンジから実験に誘われると決められた訓練をすっぽかして其方に行ってしまうし、昨日だってリヴァイの制止を聞かずに本部に行ってしまった。すぐ戻ってくるかと思いきや、帰ってきたのは昼頃だ。アイツは庭に首輪で繋いでおくか、とリヴァイが毒を吐いたのも記憶に新しい。

難しい顔をするエルドに、シャオは必死に訴える。


『エレンの同期の勧誘式です!たまには友達に会わせてあげないと、エレンもストレスが溜まります。何より寂しいでしょう。ただ、人混みに一人では辛いだろうから私もついていきます』


人混みが辛い?シャオの真意を問うようにエルドは先を促すと、シャオは何てことないといった様子で答える。



『エレンに意地悪をする心ない人達がいるので、付き添いは絶対に必要です』



きっぱりとそう言い切られれば、エルドも首を縦に振るしかなかった。




こうしてエルドの了承を得たシャオはエレンを連れて、新兵勧誘式で湧く本部へと到着した。
普段よりざわついている本部に緊張したのか、エレンは深くフードを被る。


「まだ始まってないね、よかった!馬を繋ごっか」


「…はい…」



目深にフードを被るエレンを見てもいつも通りで居てくれるシャオに、エレンは心から感謝した。聡い彼女ならエレンの胸中にも気付いているだろうが、それを聞いてくるような野暮なこともしない。ただ隣に並んで歩いてくれる。


厩舎に馬を入れ、勧誘式が行われるホールヘ向かうと、知っている顔がちらほら見え、エレンの表情が和らいだ。



「アルミン、ミカサ…!!」



遠くからでも幼馴染みの姿を見つけ、思わず声を漏らすエレンに、シャオは微笑む。トロスト区でエレンを護ろうと戦っていた二人だ。あの二人とは自己紹介もしたので、シャオも覚えている。



「ミカサはエレンの彼女?」



「えっ!?違いますよ、アイツは家族みたいなもんです!」



「ふーん」



「何ですか、ふーんって…」



にやにやと此方を見上げるシャオを見て、エレンは小さく息を吐く。女性はこういう恋愛話が好きだ。元々口数が少ないミカサやアニは例外だが。例に漏れずこの先輩もかと呆れながらも、ふと思い立ちエレンはシャオに問いかける。



「シャオさんは、どうなんですか」



「どうって何が?」



「だから…彼氏。いるんですか?」



聞いた瞬間、エレンの胸が馬鹿みたいに鳴り始める。ドキドキと早鐘を打つ心臓を自覚すると、顔まで赤く染まってきた。



(こんなこと聞いてどうするんだ俺、もしいないって言われたら、じゃあ俺なんてどうですか、なんて言っちまうのか俺は!?)



恋愛経験など全くないのに、年上の女性に探りを入れている自分が恥ずかしい。動揺して思考回路がおかしくなっているエレンに対し、シャオはぼんやりと上の空で、さらっと答える。



「兵士足るもの恋愛に現を抜かしてはならない」



柔らかな表情に似合わない語り口で、シャオは訓練兵達が集まるホールを見つめたまま、一人呟くように言った。



「人を愛することは至上の幸福だが、兵士として生きる道を選んだ瞬間、愛しても愛されても、その先にあるのは絶望だ」



周囲の喧騒に掻き消されそうになる彼女の声を、必死に耳を傾けて受け止める。エレンの目は真剣に彼女の唇の動きを追っている。
無表情で淡々と語るシャオは抜け殻のようだったが、突然此方に顔を向け、儚い笑顔を見せた。

エレンの心を鷲掴むには充分な威力を持つ笑顔だった。




「って、思ってたのにね…。今のは2年前の新兵勧誘式の日に、ここで、自分で決めた言葉」



「え…?って、結局どういう意味ですか?」



「あっ!始まるよ〜」




答えをはぐらかすようにシャオは壇上を指差す。彼女が指差した先には、我らが団長、エルヴィン・スミスの姿がある。


シャオは昨日一対一で話したばかりのエルヴィンを、遠くからじっと眺めていた。

彼の青空のような碧眼は、壁に囲われていない、自由の空を求めているのだろうか。




エルヴィンの姿が現れるとすぐに周囲の喧騒は途絶え、勧誘演説が始まった。

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