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ハンジが思いついた"いいこと"とは、サネスと共に拘束されたラルフという男の裏切りを目の前で見せ、サネスを精神的に追い詰めるというものだった。
拷問部屋と扉一枚隔てた場所で、リヴァイはラルフにナイフを突き付け、ハンジが考えた作文を読み上げるように指示する。
「グズグズするな、情けない奴め…爪一枚で全部喋りやがって…サネスの手の爪はもう残ってねぇんだぞ」
「"知るかよ。そりゃ、あいつの勝手だ"」
喉元にナイフの切っ先を向けられ、恐怖心も相まってラルフの声は震えており、より一層真実味を増す。
扉の向こうで交わされている会話を、サネスはただ呆然と聞いている。この声はラルフのもので間違いない。随分と長い間、共に王を守ってきた同志だ。
「"さっさと死んじまえばいいんだよ。王だの平和だの暑苦しい奴で俺らは迷惑してんだ"」
(……何……だと?)
二人のやり取りを聞き、サネスは奈落の底に落とされた気分だった。それはどんな拷問よりも酷く、心臓が抉り取られそうな痛みを伴う。
「"あんた達で奴を殺してくれよ"」
「お前らの証言と一致するか確かめるまではダメだ」
「"もう俺のゲロしたことで当たってんのにぬかりねぇな"」
ラルフは…王を……
俺を裏切った。
ーーー…信じていたのに。
「"なぁ…俺の牢にはベッドはあるのか?"」
これ以上はもう聞きたくない。
聞こえない。
コイツの声なんかもう、二度と…。
絶望の淵に立たされたサネスは暗闇の中で一人静かに瞼を閉じた。
ーー…その後、ハンジとリヴァイが再び拷問部屋を訪ねると、生ける屍のようになったサネスは、まだ質問もしていないのに呟くように言い放つ。
「…レイス家が、本当の王家だ」
睾丸を潰す新しい拷問器具を手に持っていたハンジは、自ら真実を口にしたサネスを見て、思いつきの作戦が成功したことを悟る。痛みが聞かないなら精神的苦痛を、と少々可哀想な気がしたが、効果は覿面だったようだ。
「よかった…これ以上は私達も辛いから助かったよ」
コツコツと足音を立てサネスに近寄り、ハンジは種明かしをする。
「サネス、ラルフは何も話していない。っていうか何もしてないし何の質問もしてないんだ。ラルフは君が遠くにいると知らされていた。そしてナイフで脅され私の作った作文を声に出して読んだ」
懐から取り出されたメモ紙を見せられ、サネスは硬直した。先程聞いたばかりの内容が、そっくりそのまま文字の羅列となっている。
ーーラルフは裏切ってなどいなかった。
王を裏切ったのは、俺…?
ことの顛末を知り生気を失い、嗚咽をあげるサネスの顔を見下ろし、ハンジの心は高揚する。
「だからあの時言っただろ?あんたらが可哀想だって。本ッ…当に惨めだよ…おっさんが泣いて喚いて…みっともない」
いけない。非人道的だけど、笑えてくる。
肩を震わすハンジを、リヴァイは後ろから黙って見つめている。
「ざまあみろ!!ばーーーーか!!そこでクソするだけの余生に生きがいでも見出だしてろ!じゃあな!」
感情を露にして踵を返すハンジを、リヴァイはゆったりとした足取りで追う。
最後にチラリとサネスを振り返った後、リヴァイは地下室の扉を閉めた。
拷問部屋を飛び出したハンジは、階段を上った先の小部屋の机と椅子を衝動的に蹴り倒す。一通り好きなように暴れた後、それも虚しくなって床に座り込んだ。
「…気は済んだか」
腕を組み壁に背を預けているリヴァイに冷静に声をかけられ、ハンジは苦笑する。
「あぁ、悪いねリヴァイ。さぁ、この事を大至急エルヴィンに伝えないと…」
「そうだな…ただしお前は行くなよ。これ以上ぶっ壊れたら困る」
ほら、立て。と、リヴァイはハンジに手を差し伸べた。リヴァイが自分に手を差し出してくるなんて、長い付き合いでも初めてのことだ。相当目も当てられない状態なのだろう。
その手を有り難く握ると、思いの外高い体温とそのごつごつとした触感に、ハンジは不覚にも泣きそうになった。
この手に焦がれた日もあった。
それは、もう過去のことだけど。
…たぶん。
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