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「俺はこの壁の安泰と…王を…信じてる…俺達のやってきたことは…間違いないと…」




最後の方は、もう耳をすませないと聞こえない程、か細い声だった。




「信じたい……けど……こんなに痛かったんだな…」




さめざめと泣き悲壮感に打ちひしがれているサネスは、見るも無惨で気の毒になってくる。ハンジは黙り込んだまま、彼にペンチを向けようともしない。



「俺を嬲り殺しにしてくれ…それが…俺の…血に染まった…人生のすべてだ」




珍しく静かなハンジにリヴァイが目を向けると、彼女は丁度ペンチを棚の上に置いたところだった。




「休憩しよう」




気丈にそう言う彼女の顔が真っ白なことにリヴァイはすぐに気付く。片眉を吊り上げてみせると、ハンジはばつが悪そうに目を逸らした。
時にはマッドサイエンティストと称される彼女だが、これでも一応女性である。それを考慮しリヴァイは頷くと、ハンジはごめんと呟いた。




「困ったね…何か可哀想になっちゃったね」




部屋を出る時にそうポツリと溢したのを聞き、リヴァイは扉を閉めながら前を歩くハンジを見上げる。



「だから言っただろうが…。後は俺一人でやるからお前はクソして寝ろ」




「そういうわけにはいかないよ…。ねぇリヴァイ、いいことを思いついたんだ!上手くいけば、これ以上痛めつけなくても情報を聞き出せるかもしれない」



「その話は休んでからだ。汚ぇ血がついた…俺は風呂に入る」



その間お前も心と体を休めとけ、と言外に自分を気遣うリヴァイに、本当に不器用な人だなとハンジは苦笑する。重い足で階段を上った後、開いた扉の先には、まるで葬式のような雰囲気で腰掛けている104期生達が居た。


彼らは二人に気付くとびくりとしただけで、挨拶もなければ目も合わせようともしない。




(…まぁ、こうなるよね)




人間の返り血がついた服を見れば。ハンジは自嘲の笑みを浮かべ、気にせず隣の部屋へ向かおうとした。その時、ふわりと自分の前に回った気配に、ハンジはすぐに気付く。




「ハンジさん、お疲れ様です」




表情は固かったが目と目を合わせてそう声をかけ、シャオは扉を開いてくれる。無言で浴室へ向かうリヴァイのことも心配そうに目で追っていた。
104期生よりは歳上だが、彼女もこういう現場に立ち会うのは初めてのはずだ。地下から聞こえる悲鳴に恐怖感を覚えたに違いない。それなのに、いつも通りに接しようとする姿を見て、ハンジの目頭は熱くなる。



「…ありがとう、シャオ」



「今何か飲み物、持ってきますね」



「あぁ…それなら水がいいな」



「わかりました!」



ハキハキと答えてくるりと背を向けるシャオを見送った後、ハンジは両手で目を覆った。



眩しすぎて直視出来ない。
彼女は光そのものだ。






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手袋をしていたため血はついていないが、手の甲に生々しく残る感覚はこびりついて離れない。
頭から冷水を浴びながら、リヴァイは何度も石鹸で手を擦る。体には一滴も血はついていなかった。それなのに何故か血生臭い。


人を痛めつける事には、慣れていた筈なのに。



蛇口を閉め両手で顔を拭うと、脱衣所の方から声がした。




「兵長!着替えとタオル、置いておきますね」




シャオの声だ。鍵を閉めるのを忘れたらしい。
忘れたのはこれで2度目だ。余裕がないとこうなるのか、とリヴァイはぼんやりと自身を分析する。


返事もせずに体を洗い泡を流し、浴室を出ようと扉を開けると、そこには膝を抱えて床に座っているシャオの姿があり、リヴァイは動きを止めた。




「……てめぇそこで何してる」




地を這うような低い声にシャオの身体は跳ねる。その拍子に頭の上のお団子が揺れた。


そしてリヴァイの機嫌が頗る悪いことに気付く。


リヴァイはそこに居るシャオに構うことなく身体を拭き出した。




「お前に俺の裸を見る趣味があったとはな」




呆れたようにそう言い、着替えを始めるリヴァイの姿を見ないように、目線は床に張り付けたまま、シャオは口篭る。




「…傍に、居たかったんです……。
…駄目でしたか?」



しゅんと蹲るシャオを見ても、リヴァイの目は冷めたままだ。当然彼女は、何も悪いことをしていない。それなのに、リヴァイの苛々は確実にシャオへと向けられている。


俺は変わった。コイツに出逢ってから。
…良くも悪くも、だ。


以前のリヴァイだったら拷問官という汚れ役を簡単に済ませていたし、ハンジも彼一人に任せていただろう。なのに今回ハンジは手伝うと言って聞かなかった。それはニック司祭の仇討ちという理由だけではないだろう。

もう一つの理由は恐らく、傍に居るシャオの影響を受け、リヴァイの纏う空気も変わったことに勘付いたからだ。…いつの間にか、辛そうだね、とハンジに気を遣わせる程、自分は腑抜けていたのだと解り、愕然とした。


班のリーダーがこんなことでは、王政打倒という大きな仕事を成し遂げられない、という危機感を覚えたリヴァイは、敢えて心を鬼にする。




「…シャオ」



感情の色の無い声で名を呼ばれ、その場にしゃがんだままパッと顔を上げると、無表情のリヴァイがこちらを見下ろしている。



昨夜の彼とはまるで別人のようだ。




「この仕事が終わるまで、お前は俺の部下だ。それ以上でも以下でもない」




告げられた言葉の意味をシャオは瞬時に理解した。表情を固くさせる彼女を見て申し訳なく思いながらも、諭すようにリヴァイは言う。




「…これから先更に手を汚すことになる。拷問もまだ終わっちゃいねぇ…俺はこれからハンジと作戦を練る。ガキ共のこと頼んだぞ」



お前は今夜隣の部屋を使え、と言い残し、リヴァイは浴室から出ていく。彼が自分の前を通り過ぎる瞬間、石鹸の清潔な香りがした。





バタンと扉を閉められ足音が遠ざかった後も、暫くの間シャオはその場に蹲ったまま動けないでいた。




(…そうだ。兵長が正しい)




今はクーデターを成功させることに集中すべきだ。
私もリヴァイ班の兵士の一人なのだから。


決意を新たに拳を握り締め、シャオは込み上げてくる寂しさから逃れようとした。






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