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そこでまた余計な意地を張り、無視をしようとそのまま歩き続けたが、鼻についた血のにおいに顔色を変える。
足を止め、街灯を頼りに銀時の身体を食い入るように見つめるソーコに、銀時はたじろぐ。
そして彼の左肩に大きな血痕を見つけると、ソーコは無言で顔を上げた。
「…あー、コレ?仕事でドジっちまった」
橋田屋のビル内で岡田似蔵と斬り合った際、居合い斬りを受けきれなかった為に負った傷だ。昔の自分だったら余裕でかわしていたはずだが、時を経て平和呆けした身体は相当鈍っていたらしい。
傷を隠すかのように身体を反転させると、ソーコを誘い公園のベンチに腰かけた。
公園の奥では神楽達が話に花を咲かせている。
大人しく隣に座ったソーコを見ると、街灯に照らされた彼女は溜め息が出るくらい美しかった。
髪が短くなっているのに気付き軽く引き寄せるが、拒むように押し返して来たので、まだ怒っているようだと察し少し距離をとる。
顰めっ面も可愛くて、思わず緩みそうになる顔をぐっと堪えた。
「ガキはちゃんと母ちゃんに返しました」
ほれ、あそこ。と銀時が指差した先には、お下げ髪の女性が赤ん坊をあやしながら神楽と話している。
因みに父ちゃんはあそこです、と銀時は星空を指差す。
言葉の意味を悟ったソーコは、ゆっくりと息を吐きながら宝石のような星空を眺める。
銀時と話をしていると、自分はまだまだ子供なのだと痛感することが多々ある。屯所では全くそんなふうに思ったことがないのに、何故かこの男の前では剥き出しの感情を晒してしまう。
自分に余裕がなくなる。
「…すいやせん。ちゃんと話聞かねェで」
この人に謝ってばっかりだな、とソーコは辟易する。遊園地の時のように涙が溢れそうになるが、そこは我慢した。隊服のズボンを握り締め、俯くソーコの頭に銀時は手を乗せる。
「ねぇオッキー、髪切ったのって失恋したからとか言わねーよな?俺らまだ始まったばっかだよな?」
こうやってふざけるのも、ソーコを安心させようとする銀時の優しさなのだと痛い程伝わってきた。
ただ邪魔だったから切ったんでィ、と呟くと、後頭部をぐっと引き寄せられ、強い力で抱き締められた。傷に当たらないように気を付けながら、素直に体温を受け止める。
さらさらの金髪は、癖っ毛の銀時にとっては余程憧れが強いものなのか、何度も指を通される。
ソーコ、と熔けたように名前を呼ぶ銀時は一体どんな表情をしているのか気になったが、今は目を閉じて銀時の腕に身を任せていた。
「…銀さんさァ」
彼女を抱き締めたまま、独り言のようにポツリと銀時は言った。
「ガキはオッキー似のサラサラストレートがいいな」
その言葉の意味を理解するのに数秒は要した。
だって天パって生まれた時からハンデ背負ってんだぜ、しかも俺銀髪だし、白髪だし、と照れ隠しでごちゃごちゃ言い出したのを何となく聞き流しながら、顔を見られていなくて良かった、とソーコは安堵した。
旦那は、適当なことを言って相手を傷付けたりしない。
それを知っているからこそ、鼓動が高まるのを抑えられなかった。
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