ドレスを着て、“王女様”になった彼女は言います。
「そのまま国外へお逃げください」と。
渋る王女を無理やり秘密の抜け道に閉じ込め、唯一の相棒であるピチューに案内を頼んで。
“王女”は自分の部屋から離れた鏡の間で、民衆に捕まりました。
「この無礼者!」
抵抗も虚しく、取り押さえられるなかで“王女”が笑みを浮かべていたことに、誰も気付きません。
そして“王女”は、地下の牢獄に投獄されたのです。


暗く冷たい牢屋の中、彼女は思います。
これまでのこと、城に仕えた記憶、イエローと遊んだ過去、自分の姉が無事に逃げられたのか。
レッド様は優しいし、彼女のことが好きだからきっと匿ってくれる。
……ピチューに任せたんだから、信じよう。
処刑の時間まで、あと1日と少し。
自分が望んだこととは言え、死ぬのは怖い。
それでも決めたから、彼女を守ると誓った。
後悔は少しだけあるけれど……
自分が死んだあとの彼女の安否が気になって仕方ない。
きっと悲しまれると思う。
でもこれがレモンの選んだ道。
最後に彼女の泣く姿を見ずに済んだことで、レモンは安堵した。
それは逃げかもしれない。
でも涙なんて見てしまったら、きっと迷ってしまっただろうから。
かと言って死の恐怖を拭うことはおろか、もはや笑顔を作ることもできなかった。


「悪ノ娘、イエロー王女。時間よ」


王女は静かに立ち上がる。







騒めく広場の中心には、ギロチンが据えられた処刑台。
黒光りする刃の前に立つ王女に、以前の面影は見られない。
王女が姿を現すと、一斉に罵倒する言葉が飛び交った。
横にいたクリスタルが腕を何回か回すと、広場は沈黙に閉ざされる。


「これまで私たちは、王女に虐げられてきました。
国は荒れ、飢餓する者で溢れ、何人も死んでいきました。
でもそれも終わりです。
私たちは平和を手に入れる!王女が死んで初めて私たちは勝利を得るのです」

「悪ノ娘に死を!」

「王女を許すな!!」

「早く殺してしまえ!」


王女は斬首台にうつ伏せに寝転んだ。
頭上には磨がれた刃。
体が固定され、抵抗も最早できない。
クリスタルは王女に話し掛ける。
何か言いたいことはあるか、と。
そして三時の鐘が一つ鳴った。


「……」

「もう時間がないわ。
これで最後よ、何か言い残すことは?」


そう言われてもレモンは何も浮かばなかった。
色んな感情が入り交じってにわかに混乱していた。
恐怖、後悔、怖れ……死への躊躇い。
いつも温かい民衆の声が恐ろしくて仕方なかった。
……でも“私”が死んで、初めてみんな喜ぶのね。
さあ、悪ノ娘らしく、私は王女なのだから。
2つ目の鐘の音が鳴る。
民衆などには目もくれず、わがままな王女様はこう言った――…


「あら、おやつの時間だわ」


三度目の鐘と同時に、ギロチンの紐を切る―――…直前。


「待って下さい!!」



その叫びと同時に、雷が最後尾で空に向かってほとばしった。
あれだけ湧いていた広場が静まり返って、声のした方を一斉に見る。
レモンもつられて顔を上げると、信じられない顔ぶれがそこにあった。
二人の人影、足元にはピカチュウ。
そして見覚えのある黄色い服。
美しい金色の髪は風に捕らわれ仄かになびく。
レモンは驚愕して声も出なかった。
だってこの場にいるはずのない、青の国にいるであろう彼ら。
もう顔を見ることはないと諦めていたのに。


「イエロー、レッド様!!」


どうして、ここにいるの。










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