彼の初恋
レモン視点




あの日のことはよく覚えている。
まだ幼い頃私とイエローは毎日一緒だったから。
ただし私は城の外に出ることを許されなかったけど。
外の世界を知らない籠の中の鳥。
外に出てみたいと思ったけど、私はイエローの傍にいるだけで充分だったの。
私が今こうして、イエローと一緒にいられることが奇跡だって知ってたから。
イエローと過ごした毎日は私にとって何よりも宝物。


お父様に呼ばれていっこうに帰って来ないイエローをしばらく部屋で待っていたけど、飽きて中庭に出た。
お花を見つめているだけでも、楽しかったから。
でも今日は中庭に行ってはいけないという、お母様の言い付けを思い出して私は部屋に戻ろうとした。
立ち上がったのがいけなかったんだ。


「……っレモン!」


イエローが私に駆け寄ってくる。
やっとお話が終わったのね。
私の胸に飛び込んできたイエローを抱きしめる。
その時に視界に入ったこちらに来る見知らぬ少年に気が付いた。
見たことのない人だ……黒髪なんて珍しい、別の国の人かな?


「……イエロー、その方は?」

「えっとね、レッドさんっていうんだ」

「レッドだ、よろしくな」


レッド……聞いたことがある名前だ。
間違いでなければ――…私はこの人と出会ってはいけない。
だって彼は……イエローの婚約者、青の国の王子レッド。
ああ、どうしよう。
だからお母様も今日は外に出てはいけないと言ったんだ。
私は誰にも知られてはいけない、私の周りの人にしか頼っちゃいけない。

けどイエローはそんなこと関係ないというように(実際彼女には何も知らされてない)、レッド様と私を引き合わせた。
渋る私に屈託のない笑顔を向けられたら、ノーなんて言えないじゃない。





それからイエローと私と、レッド様と中庭で遊んだ。
私は見つかってはいけないから、小さくなりながら。
久しぶりに楽しいと感じた。
別にイエローと遊ぶのがつまらないというわけじゃないの。
イエロー以外の人にこうやって笑顔を見せれるくらい、充実した時間を過ごせた。

でも彼はもう帰らなくてはいけないらしい。
知らない人がレッド様の名前を呼んで、戻ってくるよう促す。
横でイエローがとても寂しそうだった。
こんな彼女の表情を見たのは初めてだった。
私は思わず、一人の時にたまたま見つけた四つ葉のクローバーを渡した。
イエローが文句を言う。
そういえば前に、次に四つ葉のクローバーを見つけたらイエローにあげるって約束してたっけ。
でも今度見つけてあげるから、今回は絵本で我慢してもらおう。
イエローは好奇心旺盛だからそういうお話が好き。
でもまだ字がうまく読めないから、私が読んであげてるの。
私はイエローよりも本を読む機会が多いからね。


「今日は楽しかったぜ、また来るからな」

それとこれありがとう!


私のあげたクローバーは高く掲げながら、彼はこの国を去った。
その年のイエローの誕生日に、レッド様から卵が贈られた。
しばらくして孵ったのが、今の王女様のたった一匹のポケモン、ピカチュウ。
チュチュと名前をつけて大切にされている。


レッド様が私のことを覚えていらっしゃらなくて、安堵した。
本当は覚えていてほしい……また一緒に遊びたい。
でも我が儘を通せるほど、私は子供ではないのだ。
それでも……複雑な思いと裏腹な本音に頭が痛くなる。

……それに約束も果たせそうにない。
ごめんなさい、私はきっと自分から破ってしまう。
そして謝ることもできない。
でも大丈夫、イエローにはレッド様がいるから。
私は気に病むこともない。


「でも、やっぱり好きって言えばよかったのかな…」








レッドは今でも大切に押し花にして持っています。
それを見るたびに当時のことを思い出しますが、レモンとはこれ以降会っていないので朧気にしか覚えていません。
使用人のレモンの名前を聞くたびに、聞き覚えがあるなー、程度です。









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