王宮内は大混乱だった。 誰も国民達が立ち上がる――…革命を起こされるなどと予想もしていなかったのだろう。 何となく城下町の雰囲気が悪いのは感付いていたが。 今度近隣諸国による学会で、お祖父様が発表する論文の資料を借りに来たところでこれだ。 なんてタイミングが悪い。 家に蔵書はたくさんある、でもやはり王宮に比べたら微々たるもの。 今度の授業で、使う資料も一緒に取りに来たが……そんな場合ではないな。 ここも、下手をすれば家だって危ない。 もしかしたら国外に逃亡しなければならないかもしれないからな。 俺の家は貴族だ、それもこの王宮に出入り出来るくらいに。 多分この地位にご先祖は苦労したんだろう。 それこそあらゆる手を使って。 俺達に関係ないとはいえ、その業が疎まれる可能性だってある。 多分王女や、政治家だけではなく貴族も革命で排除される対象なんだ。
元々ここはあまり好きな場所ではない。 自分勝手なやつばかりで反吐が出るくらいだ。 ……それでも、妹のレモンはここに住み込みで仕えている。 それも王女の側で。
「兄様、私は…使用人になりたいんです。王女様の、使用人に…」
レモンの決意を聞いた時は驚いた。 ……でもいつかこうなるんじゃないか、と薄々感じてはいた。 王女が覚えていなくても、確かにあった事実があいつの中にはある。 王女のようにあるいは……何も覚えていなかったら、多分レモンは王宮で働くだなんて言わなかっただろう。 俺はレモンを止めることが出来なかった。
だけどレモンだって大切な家族なんだ。 こんな、革命に巻き込まれてたまるものか。 くそ、どこにいるだあいつは! 今すぐ国民が流れ込んでくるわけじゃないが、いずれ包囲網は破られる。 たとえ使用人でも王女の側にいたら捕まってしまうだろうに。 そんなの俺はごめんだ。 むしろお祖父様や姉さんに叱られるにきまってる。 それに俺自身が許さない。 王女の部屋、には正直近付きたくないが仕方ない。 そこにレモンがいるだろうと望みをかけて、足早に向かう。
王女の部屋はもしもの時の為に王宮の奥の、人があまり来ない場所にある。 近辺には兵が見回ってて無闇に近付くことは許されない、が……さすがに今は誰もいなかった。 いつもなら見張りの兵が立っている廊下のさらに奥に、王女の部屋は存在する。 ……やはり行くのは躊躇われる、そんな雰囲気だ。 人を拒んでいるかのような空気に足が止まってしまう。 いや、立ち止まるな。 絶対にレモンは王女の部屋にいる、引っ張ってでも連れ戻すって決めただろう。 レモンを守るって、お祖父様と約束したんだ。 臆する気持ちを押さえ付けて進もうとした時、コツリ、足音がした。 段々大きくなっていくそれは、やがて暗闇の中から姿を現す。 黄色のドレスを纏った金色の髪の王女だった。
「王女様…ご無事でしたか」
「グリーンさん。……こんなところで何を?」
「妹であるレモンを探しておりました。王女様でしたらご存知ではないかと」
「ごめんなさい、彼女のことを見なかったので、もしかしたらもう逃げたのだと…」
「――…そうでしたか、失礼いたしました」
「いえ、それよりも早く逃げた方がいいですよ。グリーンさんまで、巻き込まれてしまいますから」
「……分かりました。もしレモンを見かけましたら、」
「その時はここから離れるよう、話してみます……もう、私は行かなくては」
「……ご無事を祈ります」
「――…ごめんなさい、 」
王女が小さな声で何か呟いたが聞き取れないまま、空気に溶けた。 離れていく王女の背中を見つめて、握りこぶしをつくる。 気付いてしまったんだ、俺は。 彼女と、その意志を……もう俺には引き止めることができないんだと。 ああ、彼女だけは幸せになってほしかったのに……
「どうしてあいつばかり、こんな目に――…」
俺は元来た道を引き返した。 早くしないと姉さんが待ってる。
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