×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

さがしものが見つかる日


事件記録の確認のため、ほとんど使われていない古い書庫に赴いた。

事前に確認したところ、20年も前の記録がしっかり残っているというのだから感心してしまう。
第四書庫に行って来ると言って席を立つと、私も行く〜!とまるで昼飯にでも行くかのような気軽さで名前がついてきた。

そんなに私と一緒にいたいのかなとふざけて言ってみたら、え?あの書庫って鍵開けるのめんどくさいからさ、誰かが行くなら一緒に行こうかなって!と言われて切なくなった。
そう言われそうなことは予想がついたのに、あまりにもくだらないジョークを言ってしまった。

ため息を呑み込んで二人で書庫に行き、思い思いの資料を探す。


そう、自分は彼女に全く意識されていない。

去年のクリスマス前、食事に誘おうかと思っていたら、名前の方からクリスマスって暇?と声をかけてきた。そのときの喜びといったら、拳を突き上げたくなるほどだった。

しかし彼女は、その日休みたくて、お休み代わってくれない?と言ったのだ。そのときの絶望はいまだに忘れていない。

あからさまに嫌がったら、ああそっかロイはデートか!じゃあいいよ、ごめんごめんと言われて、…寝込むかと思った。

彼女といると自分が多少なりともモテるとか言われていることを忘れそうになる。



「…私ってけっこう気配りできるタイプだと思うんだけどなあ」

書庫に設置された梯子に乗り、書架の上段に保管されている資料を引っ張り出しながら彼女が言う。

「気配りというか、周りを見てる的な?ハボックの好きな人とかすぐわかるし!」

あいつは特殊というかものすごくわかりやすいんだ、という言葉は彼女とハボックの名誉のために一応呑み込んだ。

私はハボックが今気になっている女性がわかる、今年の春に入ったばかりの新人のなんとかって女の子のことが気になってて、ハボックが好きなタイプのグラマラスセクシーみたいな感じの子で、と一生懸命話しているのをはいはいと聞いていた。

仕事において彼女が周りをよく見てフォローしているのは否定しない。こちらの意思を汲み取って対応したり先回りして業務を片付けてくれたり、そういうことはできる、のに。恋愛のこと、自分のこととなると鈍感過ぎるというか、なんというか。

自分に限らず、彼女に言い寄って打ちのめされている男をいくつか見てきた。可哀想にと思う反面、これなら誰かに取られる心配もないのかな、なんて安心する気持ちも正直あった。


「ちなみにその新人さんはロイが好きなんじゃないかと思って」

いきなり話が自分に飛んできたので、資料から顔を上げて名前を見る。

「…私か?」
「うん。式典とか合同演習とか、ロイって人前に出ること多いでしょ。その度めちゃくちゃ見てるよ、ロイのこと。まあ大抵の女の子はみんな目がハートだけど」
「ああそう…」

もう、ああそう、としか返せない。
じゃあなぜ名前はその「大抵の女の子」に入ってくれないんだと頭を抱えたくなる。

「なんかね、その子、食堂でロイの近くに座ったりしてるよ。よく見るもん」

へえ、知らなかった。綴じられた資料の背表紙を見ながら適当な返事をする。探していた資料はまだ見つからない。

「ほらやっぱり私って気がつく方でしょ?」
「…それは気がつくって言うのか?」

彼女は梯子から降りて自分の隣に戻ってきていた。なんだか不満そうな顔をしてから目の前の書架に目線をやる。

「…あ、あった」

彼女のお目当てのものがあったようで、背伸びして高い位置にある段に手を伸ばしている。が、全然手の届く高さではない。

「名前じゃ届かないだろう。私が取るよ」
「大丈夫だよ届くから!」
「…全然届いてないだろ」

名前の横に立って手を伸ばした。さすがに自分は背伸びをしなくても届く高さだった。

並んでいるのは30年ほど前の事件記録のようだが、背表紙が傷んでいるのと目線より高い位置にあるのとでタイトルがよく読めない。

「どれだ?これか?」
「…あ、その隣の、そっちじゃなくて、」
「これ?」
「その隣、あっ、わ、!」

一緒になって手を伸ばしていた名前がバランスを崩して自分にもたれかかってきた、のを抱き止めてそのまま自分も勢いよく倒れ込んだ。

「いたた…」

自分はそこそこ腰を打ったが、自分が抱き止めたおかげで名前はどこも打ってはいないようだった。

「わー!ロイごめん!大丈夫?」
「…私は平気だが、怪我したらどうする、気を付けなさい」

名前は自分が怒っていると思ったのか、ごめんなさい、としょんぼりした顔で言った。

「ねえ、ほんとに大丈夫?頭打った?足?背中?」

頭打った?といって額に手を当てられたが、それは風邪の時にすることではないのか。

大丈夫?と言われて顔を覗き込まれると、今度は痛みではない別の問題が生じる、というか。自分が女慣れしていない、なんてことはないはずなのに。

「…あまり顔を近づけないでくれ」
「え、なんでよ」

名前から距離を取ろうと立ち上がろうとしたら、腕を引かれる。

「ねえ、ほんとに大丈夫?医務室行く?」

本当に心配してくれているだろう名前には申し訳ないが、こんなことをされると我慢できなくなりそうだ。

やっぱり何も意識されていないからこういうことをするんだろうなと思ってまたため息が出る。

彼女のその手を掴んで、ぐっと抱き寄せてみた。

「ちょっと、ロイ…?」
「無防備に顔を近づけてくるから」
「え、何もう、離して、」

自分の腕に閉じ込めた名前の耳元に唇を寄せる。

「いつになったら気付いてくれるのかな、俺の気持ちに」

それは、心の底からの本心だった。
いつもやんわりと流されて、かわされて。そんなこと私に言ってどうするの、なんて笑いながら言われたこともある。

さすがに雰囲気が変わったことに気付いたのか、じたばた暴れていた名前が腕の中でおとなしくなった。

腕の力を少し緩めて彼女を見ると、顔を真っ赤に染めていた。照れている、ということは前よりも多少は意識してくれるようになったということなのだろうか。

「キスしていい?」
「…だ、だめ」
「どうして?俺のこと嫌い?」

嫌いじゃ、ないけど…と困ったような顔で自分を見る名前。その瞳に映るのがいつも自分だったらいいのに、と考えてしまうのは我儘だろうか。

本当にキスしたらどんな反応をするだろう。いやだいやだと子どもみたいに暴れるのか、それとも、思ったより素直に受け入れてくれるのか。

唇に触れそうな距離まで近付けると、彼女は小さく息を呑んだ。


「…冗談だよ」

そこで手を離して、名残惜しいその存在を解放する。
ぽかんとした顔を見せてから、また顔を赤く染めて、怒ったように、もう!と言う。

「からかわないでよ!」

からかってなんかいないよ。いつも言っても信じてもらえなくて、手に入らないその存在を、ちょっと自分のものにしてみたくなっただけだ。

「なんか危険だからあっち行ってて!心配して損した!」

あっち行ってと手で追い払われて、逃げるように距離を取られた。とはいえ怒った顔も可愛い、と思ってしまうのは末期だろうか。

「怒った?」
「怒った!だめだよ、そういうのは、…ちゃんと好きな子にやらないと」

小さい声で呟いて、少し顔を俯かせる。
怒っていると言っていたはずの彼女が今どんな顔をしているのか知りたかったけれど、髪に隠れてその横顔は見えなくなった。

「名前、…悪かった」

その後ぱっと顔を上げた名前はやっぱり自分を怒ったように睨みつけていた。

「もう、ロイはこっち来るの禁止!その棚からこっちには来ないで!」
「…まだ探している資料を見つけてないんだが。そっちにあるかもしれないだろ」
「こっちにはないです!」

そんな彼女の様子を見て、笑ってしまった。
全く意識されていないけれど、言っても信じてもらえたことがないけれど。

「…ロイ、笑ってる。また変なこと考えてる?」
「考えてないよ」
「またセクハラしたら人事局に告発するからね!」
「はいはい、わかったよ」

こうやって彼女と一緒にいられるだけで自分は幸せなのかもしれない。と、考えてしまうのはあまりに単純なのだろうか。


「…あ、」
「ん?」
「…ロイが探してるのって、これじゃない?」

ほら、と名前が書架から一冊の本を抜き出した。表紙が傷んでいてわかりにくいが、該当年のセントラルでの事件記録…のようだ。ぱらぱらとページをめくってみると、中はそこまで損傷はなかった。

「…ああ、これだ。ありがとう」
「よかった!これで見つからなかったら転び損だもんね!」

にこっと笑った、その笑顔に弱いんだ。
思わずため息が漏れた。

「見つかったのに嬉しくないの?」
「…いや、目的が済んだからもう戻らないといけないな、と思って。もう少し名前と二人でいたいな」
「…あんまりサボってるとまたリザに怒られちゃうよ」

私もう帰るからね、と言うのでこれ以上ふざけるのはやめにする。

そういえば、さっき転んだので彼女の探していた本をまだ取ってあげていなかったと今更思い出す。改めて書架から抜き出して彼女に手渡すと、すっかり忘れてた、と呟いた。

「じゃあ戻ろっか、…ロイほんとにごめんね」
「謝らなくていいよ。名前に怪我がなくてよかった」
「…ありがとう」

鍵をかけて、書庫を離れて歩き出した。こっち来ないでと言っていたことをもう忘れてしまったかのような距離感で彼女は自分の隣を歩く。

やはり、このままでも自分は十分幸せなのかもしれない。
でもいつかは、彼女が自分だけを見てくれる日が来るといい。

「…また笑ってる。そんなににやにやしてたら変な人だと思われちゃうよ」
「失礼な、これでも私はモテるんだぞ」
「知ってるよ、軍部一モテる男、だっけ?そんな人が上司でほんとに幸せです〜」
「敬語も使わないくせに、心にもないことを…」

上司じゃなくて、もっと特別な存在になりたいのだけど。
…果たしてそんな日は来るのだろうか。

無邪気に笑う名前が自分にはとても手強い敵に見える。
そんなことを考えて、ロイはまた深いため息をついた。


2020.11.5