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晴れでも、雨でも

雨の日はあまり好きではない。

それは自分が焔を扱う錬金術師だから、というだけではなく。

どんよりとした雲が立ち込めて、外は暗く、歩けば靴だの服だのが濡れる。行く道を阻まれて、己の目指す先がまだ遠いものだと示されているように感じるから、だろうか。

いや、どんなに技術が発達しても人間は自然には勝てないのだと、ちっぽけな存在に過ぎないのだと思い知らされるからかもしれない。






「おうちカフェ?」

名前に手渡された一枚の紙。
おうちカフェと書いてあって、その下に飲み物やスイーツのメニューが書いてある。

「せっかくお休みなのに今日も雨、昨日も雨だったしずっとおうちにいるから、楽しいことしたいな、と思って」
「お店屋さんごっこか」
「ごっこなんて失礼な!」

得意げな顔をしているので、渾身の企画らしい。
そういえばエプロンをしているのも、カフェのウェイトレス風ということなのだろうか。

本当に彼女といると飽きないというか、どんなことでも楽しくなるというか。
自分のことを考えて気を配ってくれるのが嬉しくも、申し訳なくもある。


「ご注文はお決まりですか?」
「もう始まってるのか」

そうだな、とメニューをよく見ると、コーヒー、紅茶、カフェラテ、といった飲み物のメニューの他にスコーン、ババロア、パンケーキなんて書いてある。

「これ、作ったのか?」
「昨日準備したの。でもパンケーキだったら焼きたてをご用意できますよ」

そんなに事前に準備してくれていたのか。
自分では作ったことがないので見当がつかないが、恐らくこんなに準備するのは相当手間がかかったことだろう。

「じゃあ、コーヒーと、パンケーキをお願いしようかな」
「承知しました!」

手伝おうか、と言ったらお客様はお席でお待ちください!と言われてしまった。まあ、店ならそうだな。

楽しそうにキッチンに消えていく姿を見送って、持っていた本のページを再度開く。

しばらく待っていると、キッチンからバターのいい香りが漂ってきた。


「お待たせしました」

ローテーブルに置かれたパンケーキとコーヒー。
パンケーキからはバターと蜂蜜の香り。真っ赤な苺も添えられている。

「ありがとう、かわいい店員さん」

早く食べてと期待を込めた目で見てくるので、渡されたナイフでパンケーキを切り分ける。
ひとつ口に入れると、優しい甘さが広がった。

「うん、おいしい」
「よかった!」

とびきりの笑顔で喜ぶ姿がかわいくて、これならどんな味でもおいしく食べられるだろうなと思ってしまう。
いや、これは本当においしいんだけど。

「では、ごゆっくりどうぞ」

まだカフェごっこを続けるつもりなのか、キッチンに戻ろうとするので声をかけた。

「よかったら店員さんも一緒にどうですか?」

振り返った名前はなんだかおかしそうに笑っている。

「そうやってナンパするの?」
「こんなに素敵な女性がいたら誘いたくなるだろ」
「…ひとりでゆっくり過ごしたいかなと思ったんだけど、いいの?」
「俺は名前と過ごしたいから」
「…そっか、じゃあもうカフェは閉店にしようかな」

彼女は手を後ろに回して、エプロンの紐を解いた。

「あと、作ってくれたならスコーンとババロアも食べたいな」
「それは嬉しいけど、無理しなくていいよ?」
「無理してないよ。一緒に食べよう」

名前は自分のコーヒーと、他のお菓子が載った皿を持ってきてソファーに座った。
スコーンにはジャムやクリームも添えられている。

「ありがとう。準備大変だっただろ」
「ううん、楽しかったよ。…喜んでくれるかなーと思って準備するのは、全然苦じゃないから」
「…ありがとう」

自分を思ってくれる名前の気持ちが嬉しくて、こんな普通の幸せが嬉しくて。

雨のせいで、やたらメランコリックな気持ちにさせられているのかもしれない。思い出したくないことを思い出しているのかもしれない。

気付いたら、情けなくも泣きそうになっている自分がいた。


「…君には勝てないな」
「もう、どういうこと?」
「…いつも名前に救われてるから」

彼女の明るさ、優しさ。その気遣い。
助けられてばかり、気持ちを貰ってばかりだ。

向こうから何かを聞かれるわけでもなく、こちらが何かを言うわけでなくても、気付いてくれる。
その優しさにいつも甘えてしまっている。


「わたしは、ロイが好きなだけだよ」

彼女は照れ臭そうに、でもきっぱりとそう言った。

「好きだから、いろいろしたくなっちゃうし、雨の日も楽しく過ごして欲しくなるし、できればいつも笑ってて欲しい。それだけだよ」
「…かなわないな、ほんとに」

ぼそっと呟けば、彼女の方から手を伸ばし、抱き締められた。よしよし、とするように背中を撫でられる。

いつも自分の心に寄り添ってくれて、いつも自分の欲しい言葉をくれる。

心に降る雨を晴らす太陽のような存在、というよりは、傘を差し出して、一緒に歩いてくれるひと。

自分は非力でちっぽけな人間だが、いつもこうして誰かに支えられて生きてきたのだと、実感する。


「…ほんとは、好きな女性の前ではもっとかっこつけていたいんだけど」

彼女の前では情けない姿を晒してばかりだ。

「別にいいのに。かっこいい姿も好きだけど、そうじゃないロイも好きだから」
「…そうか」

だってそんな姿を見られるのはわたしだけでしょ、と微笑む名前に、今日何度目かわからないありがとうを返した。


雨が降っていてもいい。
雨が止むのを待たなくてもいい。
彼女といれば、一緒に歩いていけると、そう思う。


2020.4.16