×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

こぼれ落ちたアプリコット

いつかこんな日が来るんだろうなと、内心では思っていた。

「…その人、誰?」

何してるの、と。言った自分の声が震えていた。

「名前…」

私を見て驚いた顔を見せるロイ。

終業後、約束していた時間になっても彼が待ち合わせの場所に来ないので執務室を訪ねた。
ドアを開けたら目に飛び込んできたのが、彼と女性が抱き合っているところだった。

私を見て二人は慌てて離れる。女性は軍服を着ていたから軍人だというのは分かったけど、司令部は人数も多いので知らない人もいる。その人は、私の知らない人だった。

「…ぜんぜん来ないから、何かあったのかと思ったんだけど」

そういうわけじゃ、なかったんだね。

「邪魔しちゃってごめんなさい。もう、帰るね」

ドアを閉めて私は逃げるように執務室を出た。後ろからロイに呼ばれた気がしたけど、聞こえない振りをした。




一応、私たちは恋人同士のはずだった。
彼の心が私に向いていないんだろうな、ということは以前からなんとなく感じていることだった。


元々、東方司令部にいた私は彼のことを知っていた。
仕事で多少関わったことはあったけど、顔見知り程度。ロイが中央司令部に異動することとなり、それっきりだった。

その後、偶然にもセントラルに異動になった私は彼と再会する。

仕事で少し話しただけの私を、彼が名前まで覚えてくれているとは思わなかった。

そして、おそらく他の多くの女性たちと同じように、私は簡単に彼を好きになってしまった。

フラれたら諦めがつくだろうとダメ元で告白したのに、いいよ、と言われたのが3ヶ月前。

信じられなかったけど、舞い上がるほど嬉しかった。


それからは何度か予定を合わせて、食事に行ったり二人で出掛けたりしていた。

女性に人気のある人だし、セントラルでももちろん引く手数多らしいということは聞いていた。

そんな彼が、なんで私の告白を受けてくれたのかは正直よくわからなかった。付き合ってからは浮かれていたけど、徐々に、別に私のことが好きだから受けてくれたわけじゃないということに気付いていった。

あからさまにそっけなくされることはなくて、会えば彼は優しかった。

でも、求められていない、好かれていない。なんとなく、態度や言葉にそれが出ている、気がして。

休みのたびに会うわけでもなく、会いたいと言うのも私ばっかりで。私から連絡しないと何日も話すこともない、ということも多かった。

彼が忙しいのなんて、前からわかっていた。
それでも、忙しいとか仕事があってと言われるたびに、きっと私はそこまでして会いたい存在ではないんだろうなと思うようになった。

次第に、会いたい、と言うこともできなくなった。彼にとって自分は迷惑な存在なのかもしれない、と思い始めていた。

元々、あり得ないことが起きていたのだと思えば、いつかこうなることは予想ができていた。

釣り合わないというのはわかっていたし、他に本命というべき女性ができたら彼は私の元を去っていくのだろう、それは遠くない未来に起こることなんだろうと覚悟していた、はずなのに。


とぼとぼと家までの道を歩く。
今日は久し振りに会える予定だった。このところ忙しい、と言われていて。3週間ぶりくらいに、会えるはずだった。

いつものように食事に行くだけ、の予定ではあったけど。それでも楽しみで。

新しく買ったワンピースも、昨日ヘアサロンに行ったのも、せめて少しでも彼に似合う女性になりたくて、可愛いって思ってもらえたらいいなって思って。

でも全部無駄だったみたいだ。

好かれていないと感じてはいても、それでも。
一緒にいられるのは幸せだった。

でも、もしかすると。これまでのことすべて、ひとりよがりで意味のないことだったのかもしれない。

恋人だったはずなのに、私はずっとひとりだった。
なんだかすごく滑稽だ。



「…どうしたの、泣いてるの?」

声をかけられてぱっと顔を上げると、そこには知らない男の人が立っていた。

私より少し年上くらいの男の人。心配するような顔をしていて、すれ違いざまに声をかけてきたみたいだった。

「…泣いてなんか、」

顔に手をやると、確かに気付かない内に涙が出ていた。恥ずかしくて慌てて目を擦る。

「失恋でもしたの?」

失恋というその言葉が胸に刺さる。

…そっか、これは失恋なのか。
ただの片想いみたいなものだったけど、確かに失恋なのかもしれない。私は黙って頷いた。

「…元気出して、大丈夫だよ」

なんだか、とても優しい声だった。
また、ぽた、と涙が溢れる。頭をぽん、と優しく撫でられる。

「…すみません、迷惑をかけて」

大丈夫だよ、と笑ってくれた顔がロイに重なる。
彼のこういう笑顔が好きだった。…彼に伝えたことはなかったけど。


「ねえ、どっか行こうか」
「…え?」
「泣いてる女性をひとりで放っておけないよ」

ほら行こう、と手を掴まれた。
これは、もしかして。ついていったらまずいのかもしれない、となんとなく思う。

…でも、いいのか、別に。
ロイも同じようなことをしていたんだし、それに私が他の男の人と何をしていたって、彼は何も思わないだろう。

きっともう会うこともない。
予定を合わせなきゃ何週間も会えないような人なんだから。

手を引かれて、私は抵抗することもなく歩き出す。
この気持ちを埋めてくれるなら誰でもいい。もう、ひとりぼっちでいたくなかった。


そのとき、後ろから名前を呼ばれてどきんと心臓が跳ねる。

まさか、…でも、あり得ない。

そう思いながら恐る恐る振り返ると、そこにはロイが立っていた。


「…名前、帰ろう」

何してるの、さっきの人はどうしたの、と言いかけた声は言葉にならなかった。


「彼女は私の連れです。迷惑をかけました」

ロイは無理矢理、男の人の手を払う。
それだけ言って、私の手を引いて歩き出した。

「…ロイ、どうしたの、何してるの、…ねえ」

ずんずんと歩き出して、聞いてくれない。さっきの女の人は?何をしに来たの?何してるの?と、言っても聞いてもらえない。

しばらく歩いてから彼はようやく足を止める。

「知らない男について行くな。…心配するだろ」
「…ごめんなさい」

その声はとても真剣で、心配させてしまったのは嘘ではなさそうで。

思わず謝ってしまったけど、でもさっきの女の人は誰なのとか、その人を置いて何しに来たのとか、答えてもらえなかった疑問がまた頭に浮かぶ。

「…ロイ、戻って。私はちゃんと帰るから、ロイもさっきの人のところに、」

来てくれたことを喜んでいいのかわからないまま、私は彼にそう言った。

彼は顔を上げて私を見る。


「…名前、俺は、…もう名前の恋人じゃない?」

ぽつりと呟かれた言葉。
何を言っているのか、わからなかった。

…どうして、そんなことを聞くの。だって、

「だって、……だって、ロイは私のこと好きじゃない、でしょ」

しばらく躊躇ったけれど、ずっと言いたかった言葉が声に出た。

彼に聞くのが怖くて、でも心の底ではずっと思っていたこと。

「っそんなこと、」

そんなこと、ない?
じゃあ、さっきの人は誰なの。
…ロイの好きな人、新しい恋人、じゃないの?

なんだかすごく惨めだ。
私は彼の顔が見られなくなって、下を向く。

名前、と呼ばれても顔を上げられなかった。

…ちゃんと話がしたい。
家に来てくれないか、そう言われた。

私が何か言う前に、彼は有無を言わせず歩き出す。
私の手を掴んで、離してくれないままで。

…別れようって言われるのかな。

それだけだったら別に、今言われても文句なんか言わなかったのに。言ってくれれば受け入れるのに。

だって、私からはそんなこと、言えないんだから。

彼の家に行くのは初めてだった。
きっと最初で最後になるんだろうなと思いながら、私は息を吐いた。


2021.1.24
to be continued..