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いまはきみだけを

彼は、今まで何人の女性を愛してきたんだろう。
誰とキスをして、誰と愛し合って、誰とどんなことをしたの?

さっきまで彼のぬくもりに抱かれて幸せだったはずなのに、ふとそんなことを考えてしまったら、鼻の奥がつーんと痛む。

「寒い?」

わたしが洟をすすった音が聞こえたのか、隣から優しい声が聞こえる。
そうやってあなたはいろんな女性に優しくしてきたんだよね。

そんなこと、絶対言えないけど。過去の女性に嫉妬してるなんて、きっとそんなことを言う女はうざいに決まってる。

「ううん、なんでもない」

適当にごまかして、頭の上までブランケットにくるまろうと思ったら、彼がこっちを向いた。

「なんでもないような顔ではないけどな」

きっと今のわたしはすごく嫌な女の顔をしてる。隠したかったのに見られてしまった。

「内緒!」

わざとふざけたように明るい声を出して、ロイから隠れるように逆を向いた。
優しいあなたが好きだけど、これは言いたくない。言ったら嫌われてしまうかもしれないから。

「泣きそうな顔してよくそんなことが言えるな」
「泣いてないもん」
「じゃあこっち向けるだろ」
「向かない」
「…どうしたら名前のご機嫌が直るかな?」

ふう、と穏やかなため息が聞こえた。

彼を困らせたいわけじゃなかった。
首をひねって、少しロイの方を見る。

「……ぎゅっとして」
「それだけでいいのか?」
「うん」

後ろから、わたしを抱き締めてくれた。首筋にキスをされて、息遣いがくすぐったい。

「名前、こっち向いて」

もう嫌だとは言えず、彼に導かれるまま振り向いた。
唇に優しいキスを受け、次第に深くなるキスを何度も重ねた。

「名前の不安を取り除きたい。どうしたらいい…?」

その表情を見て、わたしのせいでロイも不安にさせてしまっていたのかと気付いた。言いたくないと思ったけど、素直に白状する気になった。
彼の目に弱いわたしは、真っ直ぐ見つめられてごまかすこともできない。

「ロイは、何も悪くないよ。わたしが勝手に、嫉妬しちゃっただけで…」
「嫉妬?誰に?」
「……ロイの、昔の女性」

嫌がられるのではないか、面倒くさがられるのではないかと不安になりながら、思っていたことをぽつりぽつりと話した。

「確かに私もいい大人だし、君が初めての女性でないことは否定しない。でも、今は名前だけだ。他に誰もいらない」

教え諭すように、そしてきっぱりとロイは言葉を紡いだ。

「今も、これからもね」

そう言ってわたしの頭を撫でる。

「……俺だって、名前と関係のあった男性に嫉妬してる。おかしくなりそうなほど」

いつも余裕そうに見えるロイがそんなことを考えていたなんて。びっくりしたと同時に、そうやって自分の気持ちを言ってくれたことがとても嬉しかった。

「でも、今名前は俺の腕の中にいて、触れられるのは俺だけだ。……それで十分だ」

ロイは言い聞かせるように言う。とても穏やかで優しい笑みだった。

「俺は、名前の不安を取り除くことができたかな?」
「……うん、十分」

なんだか、駄々をこねてあやされている子供のような気分だった。

結局ロイの方が何枚も上手だし、大人だ。
彼の手にかかると、不安な気持ちとか寂しさが、すっと溶けていく。そしていつの間にか彼への思いと幸せな気持ちでいっぱいになる。我ながら本当に単純。

「顔が赤いな」
「恥ずかしいから見ないで」
「いやだよ。そんな表情を見られるのも俺だけだからな」
「……ばか」

心外だな、と言いながらも彼は嬉しそうに笑った。


2020.3.8