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- ナノ -

06

彼女は今まで好きになったことがないタイプだった。

恋愛において自分はそこそこ積極的で、少なくとも奥手ではないと思っていたが。彼女にはどうすればいいのかよくわからなかった。
嫌われているわけではない、はずだ。でもあんまり積極的にアタックしたら、引かれそうだ。

そもそも彼女とは店以外で会ったことがない。
この前家に送ったくらいで、連絡先も知らないのだ。






「デートに誘うべきだな」
「…ですかねえ」

わかってるんですけど、なんて言いながらハボックははあとため息を吐く。
わかっているならさっさと誘え!とロイは思うが、なんだかうじうじとしている。

最初は何の意識もしていなかったようだが、いつの間にかしっかり彼女に惹かれていたようだ。

最近、プライベートであの店に通うようになっていたのは知っていた。
このところ週に一回くらい、買い過ぎたと言って菓子をいくつも司令部に持ってきて配るようになっていたのだ。


「なんか引かれそうで、そんなつもりじゃないです、とか言われて」
「そんなつもりじゃないならそんなつもりになってもらえばいいだろう」
「…嫌われちゃいますよ」
「好きになってもらえ」
「…大佐じゃないんだから」

いい上司で尊敬もしているが、恋愛において彼のアドバイスは役に立たない。そんな自信満々で女性にアピールできるのは東方司令部一モテるとか言われているロイくらい、いや軍部一だったかな。どっちだろうが同じことか、と考えてハボックはため息を吐く。

「今度お茶でもどうですか、ケーキがおいしい店を知ってるんだ、って彼女の前で唱えてこい」
「…今度お茶でもどうですか、ケーキがおいしい店を知ってるんだ、…大佐どこか知ってるんですか?」
「例えだ馬鹿者」

そんな、まあでも、誘わないと始まらないっすよねえ、なんてぶつぶつ言いながらハボックは執務室を出て行った。

どう考えても、彼女はハボックに好意を抱いている。
それはかなり初期の段階からロイにはわかっていた。

それにアクシデントの後とはいえ家まで送るなんて、信頼されている証拠じゃないのか。ただの顔見知り程度の男に許すようなことではないと思うのだが、そこをハボックは理解していないらしい。

思ったよりしっかり進展していることは喜ばしいことだが、奴は変なところが奥手のようだ。
なんだかもどかしいな、と思ってロイもため息を吐いた。






退勤後、歩きながらハボックは自分が知り得る限りの彼女を誘えそうな店を頭の中で探してみる。

ケーキ、タルト、カフェ…?
やっぱり自分はそんなに甘いものを好んで食べる方ではなかったので、そのレパートリーがあまり見つからない。

確かに、食事に行きませんか、というよりはちょっとお茶でもどうですか、の方がハードルは低い気がする。

そんなことを考えていたら彼女の働く店に着いていた。


今日は金曜日で、彼女は遅番の日だ。
あまり客もおらず、店員もいつも名前だけで、そして商品の在庫も少なくなっている時間。

さて、今まで彼女とどうやって話していたっけか。
ちょっとからかったり、冗談を言ったり普通に話していたと思うんだが。意識してしまうと緊張してしまって…なんて10代の女の子みたいなことを考えている自分に笑ってしまう。

店に来るのは久しぶりだった。
この気持ちを認識してから、そんな気恥ずかしさからなんだか足が遠のいていた。

それはロイにもバレていて、それでからかわれたというか、背中を押してもらったというか。
一応あの人なりに応援してくれているんだなとわかったけど、

「ハボックさん?」
「うわあ!」

いきなり声をかけられてドキッとして変な声が出てしまった。

「…どうしたんですか?お店の前でうろうろして、入らないんですか?」

声をかけてきたのは名前だった。
彼女は珍しく配達に出ていた帰りのようだった。店内にいると思っていたから外で声をかけられたのにはびっくりした。

「ハボックさん、来てくださったの久しぶりですね。最近のおすすめはマロンタルトとパンプキンパイですよ」
「…ああ、そっかもう、秋なんだな」

いつの間にかもう、秋に差し掛かっていたのか。
少し早い気はするが、こういったお店は季節のメニューが変わるのも早いから。

「…ハボックさん?」

どうしたんですか、と心配そうに自分を見る名前。

彼女と出会ったのはまだ春先、いやもう少し寒い頃だった気がする。
季節が変わっていくのは早いもんだ。このまま何もしなければ、どんどん時が経っていくのか。

そう思い、よし、とようやく決心をした。


「名前ちゃん」
「はい」

きょとんとした顔で自分を見る名前。

「こ、今度お茶でもどうですか、ケーキがおいしい店を知ってるんだ」

結局口から出たのは、ロイに仕込まれた言葉だった。
完全に棒読みだった。どもったし、声も上擦った気がする。

名前はびっくりしたようで目の前で固まっていた。

「え、名前ちゃん、…俺と出かけるのそんなにいや?」

そうしたら彼女は、え、そんな、でも、なんて言って慌て始める。

一連の反応を見て、ああしまったと思った。
やっぱり自分はまだ顔見知りの客くらいのポジションだったか、仲良くなったつもりでいてすっかり自惚れていた、これではあの迷惑なオッサンと同じではないかと自己嫌悪に陥りかけたとき、名前が小さい声でハボックさん、と言った。

「…行きたいです、ケーキがおいしいお店。ハボックさんと」
「…ほんと?」

彼女は小さく頷いた。

…ああ、この状況をポジティブに見るなら、彼女は照れていただけだったのかもしれない。

久しぶりにこんなに緊張したかもしれない。嫌われていないならよかった、と胸を撫でおろす。

「よし、じゃあ約束な!」
「は、はい!約束!」

なんだか嬉しそうに笑ってくれた、そんな姿を見て、心の底から可愛いと思ってしまった。

でもひとつ問題なのは、自分はそのケーキがおいしい店の心当たりがないということだった。


2020.9.5