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04

今度はお客さんとして来るよ、という言葉の通り、しばらく経ってからハボックさんはお店に来てくれた。

いつも水曜と金曜が遅番ですと伝えていたので、そのどっちかで行けそうな日探して行くよ、と言ってくれていた。いつ来てくれるんだろうと毎回どきどきしていたのだ。


金曜日の、閉店も近い日の暮れた時間。
いつもと違って軍服ではない私服姿で。

それだけでわたしはどきっとしてしまう。

「今日は客だから、話しててもいいんだよな?」
「…はい!いくらでも説明します!」

いつかハボックさんが来てくれたときのために、いつも以上に商品の情報を調べて確認して自分でも買ってみて食べてみたりして、おすすめをお伝えしようと気合を入れていたんだ。

…そんなに張り切っていたなんてことがバレたらちょっと恥ずかしいけど。

彼はガラスケースを覗き込む。
閉店が近いので、あんまり潤沢に商品が揃っているわけではないのが申し訳ないけど。

「わーどれも美味そうだな…名前ちゃんが好きなのはブラウニーだっけ?」
「そうです!あ、でも私が好きなだけじゃなくて、ちゃんとおすすめです!」
「俺もそれ、食べてみたい。とりあえずブラウニーください」
「はい!ありがとうございます!」

わたしがブラウニーを取り出して包む間も、彼はケースを見つめていた。

「あとはどうされますか?」
「…うーん、食べたいけど、そんなに食えるかなあ」

どうしようかな、でも美味そうだな、なんて言っていて。いろいろ説明を聞いてくれて。
結局彼はブラウニーの他にビスケット、マフィン、マスカットゼリーなどを選んでいて、随分多くなってしまった。

「こんなに、食べられますか?」
「…司令部に持ってくかなー大佐も食べたいって言ってたし」

包み終わったお菓子を袋に入れて、彼に手渡した。
荷物が増えてしまったハボックさんのために店のドアを開ける。

「ありがと、じゃあ、またね」
「…ありがとうございました!」

帰るときに「またね」と言ってくれるのがとても嬉しくて、本当にわたしは単純だと思う。
来てくれたのも、会えたのも嬉しいけど。ここのお菓子を気に入ってくれたら嬉しいな、と思いながら彼を見送った。






それからハボックさんは、プライベートでもよく来てくれるようになった。

仕事終わりに寄ってくれるようで、来るのはいつも夜になってから、閉店が近い時間。

ハボックさんはブラウニーを気に入ってくれたようで、お店に来るといつも買っていくようになった。

たくさん買っていったお菓子はやっぱり司令部で配ったらしい。よく食う同僚がマフィンをすごく気に入って、いつも頼まれるんだと教えてくれた。

来てくれたときにちょっとだけお話をする。
それだけで嬉しかった。





その日は、いつもより少し早めの時間だった。

姿を見て、どきっとしてしまうのを抑えて、こんにちは、と挨拶する。
彼はにこっと笑って、手を振ってくれた。

彼はいつもブラウニーと他のおすすめのものをいろいろと買っていく。今日もそうかなと思ったら。


「女性への贈り物で、なんかおすすめないかな」

そう言われて、先程とは違う気持ちでどきっとする。

「…どんな方ですか?贈り物って、どんなシチュエーションでしょうか」
「誕生日なんだ。あんまり甘ったるいものは好きじゃないかも」

…お誕生日、だなんて。
お誕生日の贈り物にうちのお菓子を選んでくれた、なんて店員としてはすごく嬉しいことではあった。

でも、わたし個人としては、…なんて考えてしまって慌ててその考えを頭から追い出した。
仕事中なんだからしっかりしなきゃ。


お誕生日なら、プチギフトみたいなものではなくてもう少し、リッチでおしゃれなものがいいと思う。
そして、甘すぎないものといえば。

「レーズンバターサンド、とか…いかがでしょう」

ラム酒に漬けたレーズンと、ホワイトチョコレートとバターで作ったクリームは最高の相性で、さくさくのクッキーにはほんのり塩味をつけている。そのおかげでワインともよく合う、という。
ホワイトチョコレートを使っているけど甘さは控えめで、大人向けのお菓子らしい。

「あーいいかも。ワインね、美味そうだな」

じゃあそれで、と言われて、箱詰めにする。
包みやリボンを選んでもらって丁寧にラッピングした。

我ながら、包みはきれいに出来上がった。
これをハボックさんはその女性に渡すんだ。

「…喜んでいただけるといいですね」
「ああ、サンキュ」

嬉しそうに袋を手に持ったハボックさんを見送ったあと、ため息が出てしまった。

…これは、失恋、だよね、きっと。

誕生日に贈り物、だなんて。
甘いものが苦手というのは、勝手なイメージだけどきっと大人な女性なんだろうな、…わたしと違って。

このところ浮かれていた自分が恥ずかしくなってしまった。

今日、いつもより早い時間だったのはこれから二人で出かけるから、なのかな。

いつも、次に来てくれたときに、この前お買い上げいただいたものの感想を聞いていたけど。

どうでしたか、喜んでいただけましたか?なんて。
次に会ったときに平気な顔して聞ける気はしなかった。

この恋がうまくいくとは思っていなかったけど。
あんまりにも早いバッドエンドだったなあと考えていた。





次に来てくれたのは、それから2週間くらい経ってからだった。

いつもこの日が待ち遠しいのに。
今回ばかりは、怖くて、どきどきしていた。


いつものように店に来たハボックさんに挨拶をして、できるだけ意識をしないように、さらっとこの前のことを聞いてみる。

「この前の、レーズンバターサンド、喜んでいただけましたか?」
「ああ、喜んでたよ。ありがとな」

あっさりと、そう言われた。

…それなら、よかった。
どのお菓子もおいしいもん、食べた人に喜んでもらえるのが一番。

「美味かったみたいだから、俺も食ってみたくなって」
「…あれ、ハボックさんは召し上がってないんですか?」
「ああ、渡しただけだから、俺は食ってないけど」

…てっきり、渡して一緒に食べたのかと、思ったけど。あれ。

「……あの、どなたにお渡ししたんですか?」
「え?同僚に、ここのお菓子なら間違いないと思って」
「……同僚?」
「え?うん」


…よくよく話を聞いてみたら。

同僚の女性のお誕生日で、同僚の皆さん何人かでプレゼントを渡すことにした。ハボックさんが任されてここに買いに来て、それをみんなで渡した。

だからお菓子は渡しただけで自分は食べてない。おいしかったらしいから自分も食べたくなった。

ということのようだった。


それを聞いて、…よかった、と思わず心の声が漏れていた。

あっと思ったけどそれは聞かれてしまったようで、彼はにやっと笑った。

「彼女だと思った?」
「…お、思ってません!おいしかったと言っていただけて、よかった!てことです!」

それをなんとか誤魔化すように言い訳して、わたしはバターサンドを袋に詰める仕事に専念する。

「…じゃあ、そういうことにしとくか」
「そうです!そういうことです!」


そのあと、いつもみたいに彼を見送ってからようやくわたしはふう、と息をついた。

…よかった。
だって、女性に贈り物、それも誕生日の。なんて言うから。
そんなの誰だって勘違いしちゃうと思う。

この恋がうまくいくとは思っていないけど。
タイムリミットが延びたと思ってもいい、よね。


2020.8.15