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01

好きな人ができました。

いや、好きな人、なんてまだぜんぜん仰々しいものじゃない。好きかもしれない、くらい。
というかそもそも、知り合いでもないんだけど。

働いている洋菓子店の前で、小麦粉を運んでいるときに転んでしまった、のを助けてもらっただけ。

助けてもらったというか転んだところに「大丈夫?」と手を差し伸べてくれただけなんだけど。
なんだかすごいドラマティックで、かっこよくて、優しくて、どきどきした。

…いわゆる、一目惚れ、というものなのかもしれない。

でも、名前も聞けなかった。
軍服を着ていたから軍人さんだということはわかる。
あと覚えているのは、きれいな金髪。


また、会えるかなあ。
お店の前を通ったんだから、いつかお店に来てくれるかもしれない。

そんなことを思いながらもう二週間も経ってしまった。姿を見かけることもなく、お店に来るなんてこともなく。
まあ、そんなにうまくはいかないよね。

と、思っていたのに。




カラン、とベルが鳴ってお店のドアが開く音。
ドアの方を見ると、あのときの、金髪の軍人さんがお店に入ってきた。

え?と思って、心臓が一気にどきどきする。

ショーケースの上に並べたクッキーを整理する振りをしながらドアの方をさりげなく見る。
…間違いない、あのときの軍人さんだ。

一緒にいるのはマスタング大佐。この方は何度かお店にも来ているし、お店の女の子たちにも大人気だからわたしも顔と名前を覚えている。

マスタング大佐はいつもの調子でみんなに挨拶をして、店長のエミリーに最近どうかなみたいなことを話しかけている。

金髪の軍人さんは、マスタング大佐のお付きなのか、後ろで待機していて会話には入らない。


…この前はありがとうございました、なんて声をかけてもいいのかな。

でも覚えてるわけないか、そしたら恥ずかしいだけだよね。
というかカウンター越しでちょっと遠いし、こんなところから話しかけるのもな、なんかね。


「…あ、この前の」
「え?」

顔を上げると、ああやっぱりと言われる。

「この前お店の外で転んでた子!大丈夫だった?」

なんだかずいぶんあっさりと、声をかけられてしまった。

「……はい、大丈夫、です」
「あーよかった!気付けてな」
「は、はい…ありがとうございます…」

覚えててくれたなんて。
うれしい、のに。恥ずかしくてちゃんと顔も見れないし、ぜんぜんなにもいえない。

せっかくまた会えて、覚えててもらえて、そして話しかけてもらえたのに。

どうしようどうしようと思いながら、せめて名前だけでも聞きたい、と思い至る。

だって、このチャンスを逃したらもう会えないかもしれない。


緊張する気持ちを抑え、勇気を振り絞って。

「あの、お名前、教えてください!」
「え?俺の?」

軍人さんは、ちょっとびっくりしたような顔をして、自分を指で示す。

「はい、この前は、ありがとうございました!」

周りが興味深そうにこっちを見てきてすごく恥ずかしいのをなんとか我慢する。

「…俺、ジャン・ハボック。この前、なんて俺なんもしてないけどさ」
「ハボックさん…」
「怪我がなくてよかったよ」

よかったよかった、と笑うハボックさんの笑顔がすごくまぶしく見えた。


「……ではそろそろ。また来るよ」

マスタング大佐がエミリーとの会話を切り上げて、ドアに向かうのが見えた。

ハボックさんはわたしに「またね」と言って、それに続いた。


またね、という言葉が持つ意味を考えて、うれしくなってしまう。

また、会えるのかな。

わたしは自分の中で抱いていた「好きかもしれない」が「好き」に変わったことを確信していた。


2020.4.25