×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

きみに罪なんてない

ああ、言ってしまった。
もう取り返しがつかない。

彼を見送って、扉に鍵をかける。
終わってしまったんだ、と改めて思った。


異動したいというのは、このところずっと考えていることだった。
したい、というよりは、すべきだ、という方が正しいかもしれない。

どんどん好きになってしまって抑えが効かなくて。
きっといつか迷惑をかける。仕事で失敗をする。
彼の足を引っ張りたいわけじゃないんだから。

許されるなら、こんなことをしていることを隠して、平気な顔をして仕事でも彼を支えていたかった。
それでも、弱虫の私にはどうやらそれはできないようだ、と気付いた。

彼のそばから離れて、無理矢理にでも会えない状況を作らないとだめなところまで、もう来てしまっていたようだから。

異動の準備を兼ねて業務の整理をしていたら、残業が続き、それが元で体調を崩した。
体調管理もできないなんて、本当に情けない。


昨日は家に着いたところでそのままベッドに倒れ込むように寝ていた、らしい。
様子を見にきてくれたホークアイ中尉に手伝ってもらってようやく服を着替えて、薬を飲んだり、水を飲んだりすることができた。

その後、まさか大佐が来るなんて。

自分が勝手に見た夢だと思った。
だって、夢でもなかったら彼が心配して来てくれるなんて、そんなことあり得ないもの。そんな都合がいいこと、起こるわけがないのだから。

でも一晩そばにいて、看病をしてくれていたのを見ると、心配してくれているのは間違いないようだった。

これは上官として心配してくれているだけで、他意なんてないはずだ。喜んじゃだめなんだろうなと思いながらも、やっぱり嬉しく思ってしまった。


それでも、今言わなければならない、と思って、勇気を出したんだ。
彼は黙って聞いていて、ああ、とだけ言った。

大佐が家を出た後、堪えていた涙が溢れ出てきた。
こんな関係でもやっぱり私は幸せだったんだ。

言わなければよかったのか。
言わなければ、恋人になれるわけでも、ただの上司と部下に戻るわけでもなく、ずるずるとこのままの関係を続けられたのか。

終わりにしましょうと言った私に対して、違うそうじゃないんだ、と。
こんなことをしたいわけじゃなかったのだと、言ってくれたらいいのに、と思ってしまった自分が恥ずかしかった。
そんなことあるわけがないのに。

彼が好きな人とどうなったのか、どうなっているのか聞いたことはなかった。聞けるわけもないし聞きたくもなかった。
もしかすると案外うまくいっていて、実はもう恋人になっていたりして、会えない日の暇潰しに私のところに来ていたのかもしない。
それでもいい。私と違って幸せになれていたらいい。

彼の前で泣かなかったのは、我ながら頑張ったと、思う。
これで前に進めるはずだ、ようやく。






名前の家を出てからロイは一度自宅に戻った。
シャワーを浴び、着替えてから司令部に向かう。

着く頃には昼になっていた。
よく考えると、昨日彼女の家では何も食べていないし、今日食べたのもりんごだけ。

腹は鳴るが、食事をする気にはならなかった。


昼時で騒がしい司令部の中を歩いて執務室に着くと、中にいたのはホークアイだけだった。

「大佐、おはようございます」
「ああ、悪かったな」
「名字少尉の体調は、いかがでしたか」

昨日名前の家に行くとは言わなかったが、何故わかったんだ、と考える。
そういえば今朝ホークアイに名前を休ませると電話をしたのだった。遠い過去のように感じる。
いや、電話がなかったとて自分が昨日からしていたことなど彼女には全てお見通しなのだろう。

「もう大丈夫そうだ。中尉も、昨日はすまなかったな」
「いいえ、よかったです。最近、遅くまで残ってましたから、疲れが出たんでしょう」
「ああ、そうだな」
「引継事項なんですが、お伝えしてよろしいでしょうか?」
「ああ、頼む」

資料を渡され、午前の簡単な報告と午後の予定などを伝えてもらう。
午前は特に決まった予定はなかったし、午後も至急の対応はない筈だ。


――この3ヶ月くらい、…この関係でも私は幸せでした。

――でももうだめだと思うんです、けじめをつけなきゃ。

――終わりにしましょう。


「大佐、聞いていらっしゃいますか」
「……ああ、すまん、なんだったか」

さっきの名前の発言を思い返していて、心ここにあらず、だった。

「差し出がましいことを申し上げますが」
「ああ」
「ご自分のお気持ちに素直になってはいかがでしょうか」

何を言っているんだ、と思って彼女の顔を見上げる。優秀すぎるこの副官は全てを知っているのか、と。ロイはぼんやりと考える。

「言わないと、名前には伝わらないと思います。あの子は、意地っ張りですからね」

――お互い思い合っているのにどうしてすれ違うんだろう、この人たちは。

ホークアイは溜息を吐く。不器用すぎる。
詳細までは勿論知らないが、見ていればお互い傷付けあっているのなんてわかることだ。

ホークアイは、昨日、名前の家に行った際の会話を思い返していた。

――中尉、すみません、迷惑をかけてしまって、仕事も中途半端で、申し訳なくて…。
――迷惑なんて思っていないわ。…大佐も、すごく心配していたのよ。

ロイの名前を出すと、名前は悲しそうに笑った。

――まさか、…するわけがないです。
――名前、…どうして?
――私の片思いですから。もう、いいんです。

今にも泣いてしまいそうな、痛々しい笑顔だった。

せめて彼女が勘違いしているであろう、多くの女性と関係があるという話は噂に過ぎないと、そしてそれも多くは仕事の内だということを説明してあげればいいのに。
要らぬ誤解を生んでいることは間違いないのに。

そうすればきっと、…しかしそれ以上は当事者に任せるべきことだ。自分が口出しできる話ではない。
ホークアイはまた小さく息を吐いた。


ロイはホークアイの視線から逃げるように、渡された書類に視線を落とす。

「中尉、続きを」
「失礼しました。午後はこのあと、…」


先程から消しても消してもロイの頭に浮かぶのは、別れ際の名前の言葉と、彼女の表情。

あんなことを彼女に言わせてしまった不甲斐なさと、自分の弱さが嫌になる。

もう終わってしまったはずなのに、全て自分が悪いのに、今からなんとか修復できないかと考えている自分はなんと愚かなことだろう。

せめて、自分の気持ちを伝えられたら。聞いてもらえたら。
いや、そんな図々しいことが許されるわけがない。
信じてもらえるわけもない。そこから先に繋がるとも思えない。

しかし、やはりこのまま終わりたくないと、自分勝手なことを考えている自分がいた。

信じてもらえなくても、きちんと伝えて、謝って、…いや、これも彼女にもう一度会うための口実を探しているだけなのかもしれない。

「中尉」
「はい」
「私は、馬鹿だよな」
「そうですね、そう思います」
「そうだよな」

ロイは今日何度目かわからない溜息を吐いた。
はっきり言ってくれることがむしろ有難かった。


2020.7.24