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それでも私のエゴを愛して

彼と朝を過ごしたあの日以来、私が必死で作ってきた壁が崩れていくようだった。

今まではすべてを諦めることができていたのに。
多くは望まない、都合のいい女でいいと思っていたのに。

もっと私を見て欲しいとか、普通の恋人みたいになりたい、なんて欲が出てきてしまったんだ。

大佐が女性と電話したり出かけたりしている断片を見かけては、嫉妬するようになった。

今までは、それでも私は夜を過ごすことができるのだと思えば、その間だけは彼を独占することができるのだと思えば、我慢できていたのに。

嫉妬なんてしていることが彼に知られたら面倒な女だと思われるだろう。
だから絶対にそんな姿を見せるわけにはいかないし、知られたくなかった。






「なあ、大佐の噂知ってるか?」
「ああ、新しい恋人の話?」

ハボック少尉、ブレダ少尉、フュリー曹長と四人でランチに来た食堂。そこでの会話がいきなりこんな話になってどきっとする。

「今度は誰でしたっけ、この前まではオペラ歌手で、今度はどこかのご令嬢の名前が挙がってましたっけ?」

フュリー曹長の言葉に、そうだったね、なんて返事になっていない言葉を返した。

この話題には、私はうまく入れない。そして、聞きたくなかった。

食事に集中しようと思い、私は食べていたオムレツの残りをフォークで適当に切って口に放り込む。
味がよくわからなくて、口に物を入れるだけの作業という感じだった。

「次から次へと、よくそんなに噂になるなあ」
「いつも違う女を連れてるってのは知ってる」
「それを見た人がそんな話をしてるってだけですよね、多分」

三人はわいわいと、噂のことを話している。
ハボック少尉はこの手の話が好きで、彼がいると大抵こんな話になる。今まではこういう話も上手く受け流せていたはずなのに。

きっと、彼らは私が何をしてるかは知らないんだなと思う。

まあ、司令部で会うときは普通の上司と部下としての関係だし、二人で会うのは私の家でだけなのだし。
誰に見られていることもないんだろう。

「でもこれだけ噂になるのにちゃんとした恋人はいないんだよな」
「大佐、自分の話はそんなにしないですもんね」
「隠してるんじゃ?」

三人の会話は続いているが、もう耳には入ってこなかった。

大佐が誰を好きであろうと、この関係に依存しているのは私なんだ。
一緒にいられる間だけでも、割り切って過ごせればいいのに。
それ以上のことを求めてはいけないのだから。






こういう日に限って、司令部の外で大佐に会ってしまった。

今からデートなんですか、なんて言いたくなるようなびしっとした格好。
そして、手には小さな花束。

彼は時計を見て時間を確認しているようだった。
珍しくさっさと退勤していたと思ったら、やっぱり予定があったのか。

引き返そうかと思ったけど、目と鼻の先にいるのに引き返すのも変だし。
一応上官なので、さすがに気付かない振りをして通るわけにはいかない。

ふう、と少し息を吐いてから、笑顔を作って声を出した。

「大佐、お疲れ様です」
「ああ、名字少尉か。お疲れ」

顔を上げて、あっさりとそれだけ言われる。会釈をして通り過ぎた。

この数ヶ月で、私は随分愛想笑いが上手くなったと思う。

これから、どこに行くんだろう。
彼はその女性にどんな顔を見せるんだろう。
花束を受け取った女性は彼にどんな顔を見せるんだろう。

この世のどこかに彼の愛を受ける女性がいるのかと思うと、羨ましくて、妬ましくて。

そんなことを考えている自分が醜くてたまらない。
最近ずっと泣いていて、見知らぬ誰かに嫉妬していて、気が塞いでいて。

私だけを見てくれたら、なんて考えていて。


「ロイさん、お待たせしてしまって、…」
「会いたかったよ、今日も、…」

通り過ぎた後ろから声が聞こえてくる。
間違いなく大佐と、待ち合わせをしていたであろう女性の声だ。

足早にその場を離れた。
これ以上声が聞こえてきたら嫉妬でおかしくなってしまいそうだ。

でも、嫉妬する資格なんて私にはない。
彼は私の恋人ではないんだから。

何よりそんなことが彼に知られたら、この関係すら終わってしまいそうだ。
自分がどれだけこの関係に依存しているかなんて、絶対に知られたくない。

だから、彼の前では普通の部下を演じる。
彼が家に来たときは、待ち焦がれていたなんてわからないように振る舞わなければいけない。

つらくないわけじゃない、けど。
この関係が終わってしまうよりは、気持ちを我慢している方がよっぽどましだった。


2020.6.25