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おはようは叶わない

元々、マスタング大佐に憧れていた。

女性に人気があるのはそうだが、軍人としても優秀な人だ。
自分が士官学校生の頃からすでに有名で、憧れの的だったと記憶している。

自分もその一人だったことは否定しない。
そんな自分が軍人となり、彼の部に配属となったのは幸運だったのか、不幸だったのか。

憧れていた人の元で働くことは幸せだった。
そして実際にその人と話すと、余計に気持ちが高まるのを感じた。
信念があり、情があり、仲間思いで。好きになる理由は、それで十分だった。


そんな彼と、体を重ねるようになったのはいつ頃からだったか。

確か、何か月か前の仕事終わり。残業をして、執務室には自分と大佐だけだった。
誘われて食事に行って、そのまま。というよくあるパターンだった。

その晩だけで終わったのかと思いきや、そのあとも家に来ることがあった。
それを拒めず、だらだらと、この関係を続けている。

付き合っているとか恋人だとかそんな関係でないことはわかっていた。

会うのはいつも私の家で。ふらっと来て、終われば夜が明けぬ内に帰っていく。

まさに英雄色を好む、というやつなのか。
女性関係の噂が絶えないのは知っていたし、私もそんな姿を何度か目撃したこともあった。

ただ、直属の部下である自分と関係を持つのはかなり意外ではあった。司令部では毎日顔を合わせ、仕事では普通に会話をする。

こういうのって、普段もう少し関わりない人とやるものじゃないのかな。気まずくないのかな、なんて冷静に考えることもあった。

でもきっと、彼には私の気持ちがわかっていたんじゃないかと思う。
だから都合の良い相手として選んだんだ。

それでも、この関係でも幸せだった。
こうして会っている間だけは彼が私を求めてくれて、彼の瞳に映るのは私だけなのだから。

だからこの関係を辞めたいとか、ましてや恋人になりたい、ちゃんと私を見て欲しいなんてことは、言えるわけがなかった。

そう願わなかったわけではないけど。

例え彼がベッドで間違えて別の女性の名を呼んだとしても、私は許しただろうし、聞かなかった振りをしただろう。

彼の気まぐれだとわかっていてもこのままでありたいと、そう思っていたから。






その日もいつもと同じだった。

彼はいつも、扉を小さくノックする。
大佐だということはわかっているのに、私はドアを開けてしまう。

「…名前、」

抱き締められて、見つめられて、普段聞くことのない声で名前を呼ばれたら。拒めるわけがない。

抱かれている間だけは幸せで、私だけを見てくれるのが、嬉しかったんだ。



ただ、いつもと違ったのは、朝目覚めたときに隣にまだ大佐がいたこと。

いつも目覚めると彼はいなくて、昨日の行為が夢だったかのように、寂しい気持ちで朝を迎えていたのに。

今日は、目覚めると抱き締められていて、夢なのかと思った。
びっくりして身じろぎをすると、彼がゆっくりと目を開く。

「おはよう」
「…おはようございます」

ぎゅっと抱き締められていて、眠そうながら優しく髪を撫でてくれて。
まだ信じられないけど、どうやら、夢ではなさそうだった。

…なんだかこんなの、本当の恋人みたい、じゃないか。


そう気付いたら、なんだか緊張してしまって。心臓がどきどきして。
まだ朝早い時間だったのに、そのまま眠れなくなってしまって。

落ち着かず何度か寝返りを打っていると、彼がまた口を開いた。

「起きるのか?…まだ、早いだろ」
「…目が、冴えてしまいました」

だって、隣にいるはずのない人がいるんだもの。

もう何度も抱かれているというのに、明るいところで、こんな状態でいるというのはなんだかすごく気恥ずかしさがあった。

「…シャワーを浴びてきます」
「名前が起きるなら、俺も、」

とは言っても、なんだか眠そうな顔をしていた。
そんな表情は見たことがない。仕事中も、行為の後でも見たことのない顔だった。

「まだ、寝ててください」

そう言って、バスルームに行った。
その間に帰ってしまうのかなと思ったけど、出てきたら彼はまだベッドで眠っていた。

なんて無防備なんだろう、と思ったら少し笑ってしまった。


コーヒーをいれている途中で、やっぱりまだ眠そうな顔の大佐が起きてきた。

トーストとスクランブルエッグ、という簡単すぎる朝食を用意して、二人で食べる。

こんな普通の、恋人みたいな朝を迎えるなんて、信じられない。
私がじっと見つめていることに気付くと優しく微笑んでくれて。

「美味いよ。ありがとう」

そんなことを言うから。


結局、昼頃までコーヒーを飲みながらぽつりぽつりとたわいもない話をした。

彼と寝るようになってからこんな朝を迎えたのは初めてだった。

これも、彼の気まぐれなのだ。
帰るのがめんどくさくなったとか、眠かったとか、今日の予定が無くなったとか、そんなものだろう。
私は彼にとって補欠の補欠みたいな存在だろうから、誰かの穴埋めで繰り上がっているだけなんだと、思う。


帰る時も、普通に「ありがとう。また」なんて言っていた。

いつもと違う状況に落ち着かない私とは違って、ずっと普通で余裕そうで、いつもと変わらない顔だった。

彼を送って扉を閉めたあと、自然と涙が出てきた。
間違いなく幸せではあった。でも、喜んでいいのか、悲しむべきなのかわからなかった。

こんな普通の朝を過ごしたのに、私たちは恋人ではないんだから。

気まぐれでこんなことをする大佐のことを嫌いになれたらいいのにと思っても、そんなことはできなかった。

だからやっぱり明日も彼が来てくれることを願ってしまう。
馬鹿な女だと、自覚はしているのに。


2020.6.20