黒王子は笑わない/2


ぼろぼろと零れていた彼女の涙は、思いも寄らぬ展開にぴたりと止まっていた。
しかしなまえには、涙でぐしゃぐしゃのその頬を拭う心の余裕など、まだ無い。
リヴァイは、唇を震わせ呆然と自分を見上げるなまえから、先程の問に対する答えを求めるのを早々に諦めたようだった。

「なまえよ、さっさとここを出るぞ・・・さもなければ厄介な事になる」

再び蜘蛛達が襲って来るであろうことを確信している口振りで、リヴァイは極めて冷静になまえに語り掛ける。

「お前が呪文を唱えながら必死に握りしめていたのは俺にはただの枝に見えるが、そりゃてめぇの杖なのか?ご丁寧に葉っぱまで生えてやがる」
「・・・?!!」

リヴァイの言葉に驚いたなまえは、それまですっかり硬直していたのが嘘のようにぎょっと目を見開き、自分の手に握りしめられていたものを見た。
枝だ。
確かに枝だ。
しかもリヴァイの言う通り、分かれた小枝にはご丁寧に分かりやすく(暗がりでよく見えないが、恐らく青々とした)葉まで付いている。

「ごっ・・・ごめんなさ・・・!!!」

顔を真っ赤にして叫ぶとなまえはわたわたと自分がへたり込んでいる辺りを慌ただしく手で探った。
さっき蜘蛛に驚き尻餅をついた時に手から杖が離れ、呪文を唱える時には必死のあまり、間違えて側に転がっていた枝を握っていたのだ。

「一歩間違えりゃてめぇが死んでただけのことだろう。俺に謝る必要はねぇ――――アクシオなまえの杖!」

気が気でない様子で必死に辺りを探っていた彼女を尻目に、呪文を唱えたリヴァイの手にはなまえの杖がさっと収まる。
彼がそれを軽く放って寄越すと、なまえは「あ、あ、ありがとう・・・!」と感慨深げに呟いた。
その底抜けに素直な安堵の表情に、リヴァイは呆れ顔で小さく息を吐く。
なまえはというと心からほっとした表情で、ルーモス、と唱え杖に光を灯らせた。

「さっさと行くぞ、ここは無用の長居をする場所じゃねぇ」

けれどなまえは明らかにおかしな様子で「うん・・・」と言ったきり、その場から動こうとしない。
何だ、とリヴァイが聞くと、なまえはまた泣きそうな表情を浮かべ、自分を見下ろす彼を見上げた。

「スニジェットが・・・、スニジェットを、捕まえなきゃいけないの・・・、ケトルバーン先生の・・・、私が逃がしちゃった・・・」
「・・・お前、スニジェットってあのスニジェットか?」
「うん・・・」

頭を垂れるとなまえはますます泣きたくなった。
スニジェットを捕まえるには、さっきの蜘蛛に襲われた時の恐怖をあとどれくらい味わえばいいのだろうか。いや、幾度味わったところで見つけることすらできないかもしれない。勿論、無事に帰る事だって。

「そりゃお前、無理ってもんだ。お前が逃がしたスニジェットはこの“禁じられた森”にいるんだろ?この森が一体どれだけ広いと思ってやがる。しかも逃がしたのはすばしっこいスニジェットと来たもんだ・・・例えばヤツが自分からこっちにすり寄ってくりゃまた別の話だが、このクソ広い厄介な森で」

そんな上手いことある訳がねぇ・・・とリヴァイが続けた時、なまえは一瞬固まり、後、目を丸くした。

「あ、あ、あ・・・、」
「あ?あじゃねぇよ、てめぇは、」
「ち、ちが・・・、ス・・・、スニジェットが、そ、そこ・・・、」

自分の後ろを指差すなまえに促されリヴァイは眉間に皺を寄せたまま振り向くと、はっとした。
自分の鼻先に、金色に光る丸まるとした鳥が、自分の顔を伺うようにしてそこにいるではないか。
スニジェットのくりくりとした赤い目と、リヴァイの、(この時はさすがに普段より幾分か見開かれていた)鋭い目が少しの間、合わされ―――――次の瞬間、リヴァイがぴく、と動くより早く、意中の鳥は急に方角を変え、暗い森に一筋の黄金の糸をなびかせ彼方へ飛び去っていく。
その時間は彼にとっては長い時間だったのかもしれない。しかし、スニジェットが行ってしまった、となまえが思った頃には既に、リヴァイは杖をしまい、箒に跨がり、暗闇に光る黄金を一直線に追いかけ飛び立っていた。
いくら暗い森の中で光るのはそれだけとはいえ、あの俊敏なスニジェットをリヴァイはルーモスの呪文で光る杖無しに、行く手を阻むおどろおどろしい木々をものともせず、負けじと追っていく。
なまえなら光る杖を片手にスピードを犠牲にしたとしても、恐らく簡単に木にぶつかっているだろう。いや、なまえだけでなく、ホグワーツの他の生徒たちだって大方そうなるはずだ。
目で追っていた金の光りが小さくなり、やがて視界から消える。
――――リヴァイは無事だろうか。この悪条件の中でスニジェットを捕まえてくれるだなんて、いくら"あの"リヴァイでも、そんなこと、期待してしまっていいんだろか。
不安と期待にドッ、ドッと自らの心臓が動く音が大きく聞こえ始めた頃、今度はゆっくりと、暗闇から箒に乗ったリヴァイの姿が現れた。

「鳥籠を貸せ」

なまえの前に降りると、リヴァイは一言、そう言った。
それって――――となまえは声にならない声で彼に尋ねる。
口を開けっ放しの間抜け面に、早くしろ、グズ野郎とリヴァイが吐き捨てたので、彼女は慌てて、杖同様投げ出されていた鳥籠を差し出した。
その中へ、リヴァイが両手を合わせていた手を入れ、ゆっくり開く。
暗い籠に、追い求めていた金の光りが広がっていった。

「――――あ・・・あぁ・・・、」

目の前で金色に光る鳥籠に、なまえは心から感嘆の声を上げた。

「ありがとう、リヴァイ、あなたって本当に・・・、本当に、ありがとう・・・!!」

鳥籠を抱きしめ涙を溜めて感謝するなまえに舌打ちをすると、リヴァイはさっさと行くぞ、と手を差し出した。
なまえはきょとんとした表情で彼を見つめ返す。

「そいつを貸せ。鳥籠を抱えてノロノロ飛ばれちゃ足手まといだ」

ギロリと彼女を睨み付け、さっさとしろ、てめぇはそんなに蜘蛛が好きなのかと再度リヴァイが急かしたので、なまえは慌て青ざめ、戸惑いながらもありがとうと鳥籠を彼に託した。

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