医務室の大変な1日




その日は大変な一日だった。

朝一番に、オルオと付き添いのペトラが医務室を訪れた。
あれから約一ヶ月が過ぎ、予定よりも早く当て木と包帯から解放されていたオルオは、少しのリハビリを経て、医師より完治の診断を得た。
その回復力に、さすがは精鋭中の精鋭だとなまえは思った。
技術、戦闘センス、強靭な精神力と肉体。
調査兵団に入る兵士たちの誰もがそれを持っていると彼女は思っていたが、ペトラやオルオらリヴァイ班の面々はやはりその中でも特別に感じられる何かを持っていた。
帰り際、ペトラが小声でなまえに、「オルオの快気祝いをするので、なまえさんも参加してくださいね、ぜひ」とウインクをして言った。

彼らを送り出しオルオの全快に良かった、と一息ついた時、血相を変えて兵士が駆け込んできた。
落馬をして気を失った兵士がおり、今こちらへ慎重に運んでいると。
医師となまえは急ぎ準備を整え、負傷した兵士の到着を待った。
頭部からの出血が多く心配されたが幸い大事には至らず済んだ。
が、負傷した場所が頭だけに、要される慎重な処置にはかなりの時間がかかった。
医師は兵士に付きっきりで処置をしていたので、その間なまえはその手伝いと、医務室を訪れる兵士たちの対応に追われた。
あっという間に時間は過ぎ、ひと段落した時にはとっくに昼過ぎになっていた。

昼食を取る暇もなく、珍しくその日は夕方までひっきりなしに兵士が医務室を訪れていた。
彼らについては簡単な処置で済む者や、なまえのマッサージを目当てに訪れた兵士ばかりだったため、暇を持て余すよりはいいかとなまえは思っていた。
途中顔を覗かせたペトラが「オルオの快気祝いは明日にします」と連絡にきたのが、ちょっとした癒しに感じられた。
夕方、またも医務室のドアが激しくノックされる。
そのノックから、ただ事ではない何かが起こったことは、容易に想像できた。

「訓練中に、多数の兵士が怪我をしました!すぐに来てください!」

医師となまえは互いに顔を見合わせ、今日は一体どうなってるんだ、と苦く笑った。

それからは怒涛のように時間は過ぎた。
怪我をした兵士のうちの一人は深刻な症状だったが町の病院で受け入れてもらえるところがなく、夜を徹して彼への緊急処置が続けられた。
その他の兵士については彼の様子を見ながら、主になまえが処置をしてやらなければいけなかった。
彼らの多くは日付が変わる前に何とか帰宅できたが、帰宅のできない兵士たちについてはなまえが寝ずに看病を続けた。



(・・・太陽が、黄色い)

翌朝、一番ひどい状態だった兵士を病院でやっと受け入れてもらえた医師となまえは、げっそりとして強く照りつける太陽を見上げた。

「お疲れ様でした、先生。少しお休みになってください」

ありがとう、と医師は疲れた様子で言った。

「君こそ少しは休みなさい。今日はさすがに昨日のようにはならないだろう」

医師は苦笑すると、なまえの気遣いを固辞した。

「でも。先生が疲れていて何かがあると大変ですから・・・。よかったら、小部屋のベッドをお使いください」

なまえが強くそう勧めたので、医師は悪いね、と言い、彼が先に休むことになった。

医務室は嵐が去ったような静けさに包まれていた。
そろそろ兵士たちが出勤してくる頃だ。
窓から差し込む朝日で部屋はぼんわりとあたたかい。
小鳥のさえずりが遠くから聞こえてくる。彼女は医師の座る椅子に腰掛け、大きく息をつくと、さらにどっと疲れが押し寄せてきた気がした。
ひょっとしたら昨日は助っ人がいなかった分、壁外調査から兵士たちが帰ってきた日よりもしんどかったかもしれない。
瞼がしっかりと開けられず、目はひどく乾燥しているかのようにしょぼしょぼとする。
シャワーを浴びていないので体がベトベトするし、全身がひどく重い。
ぼーっと目の前の壁を見ていたら、一瞬、体が落下するような感覚になりビクッと体を強張らせた。

(・・・あ、いま、居眠りしかけてた・・・)

いけない、と首を振り、備品のチェックをしようと立ち上がった。
眠い目を擦りながら、手当て用品の数を数えていく。
昨日はかなりの数を使ったので、きちんとチェックし補充しておかなければいけない。
1、2、3・・・
しゃがみこんで包帯を数えているうちにまたも眠気に襲われ、揺れた頭を、棚に思い切りぶつけてしまった。

「!!!!!!!!!」

目の前に無数の星が現れ、なまえは一気に目が覚める。
鏡で見ると、額にはたんこぶができていた。

(ああ・・・最悪。誰にも見られてなくて良かった・・・・・・・・・?)

ふっと思い出す。
昨日、午後にペトラがここに来たことを。

『なまえさん、急で申し訳ないんですけど、朝言ってたオルオの快気祝い。明日やろうってことになったんです。その日しかみんなの都合が合わなくて・・・』

「・・・あ!!!」

なまえは声を上げた。
そういえば、今夜のリヴァイ班のオルオの快気祝いに誘われていたのだった。
ああ・・・・・・、となまえは何とも言えない表情で両手で顔を押さえたが、その手で顔をペチッと叩くと、ポットを手に取り、眠気覚ましのジャスミンティーを淹れ始めた。


 
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