ありがとう




「・・・何かあったか?」

朝からだしぬけにエルヴィンがそう尋ねてきたので、リヴァイは顔をしかめた。

「・・・何故だ」
「いや、何となく・・・不健康さが薄らいだ気がしてな」
「・・・バカ言え、誰が不健康だ」

エルヴィンは笑った。
今日も決して無愛想な彼の態度が変わった訳ではないのだが、何となく、彼の雰囲気に少しの変化を感じていた。
恐らく、いつも一緒にいる彼でも何となくでしか気付かないような、僅かな僅かな変化だった。

(不健康、か)

リヴァイは思案するように首をかしげた。

なまえにカモミールを分けられて以来、几帳面にも彼は彼女のアドバイス通り、眠りに付く1時間前に茶を飲み続けていた。
初日に試しに飲んでみたとき、不思議なことに、それまでよりも寝つきがいいような気がしたためだった。
彼の神経質さのためなのか、彼の兵士としての本能がそうさせるのか、もうしばらく、リヴァイは寝つきも悪ければ深い眠りにつくこともなかった。
何かが目に見えて変わるわけではなかったし、深い眠りにつけるというわけでもなかったが、今までよりも楽に眠りにつけれる感覚を彼が得られたのは大きなことだった。
眠りは体力の回復にもとても重要な要素であることを理解していたので、彼にとってはカモミールはありがたい存在になっていた。


彼が本部の中を一人で歩いていると、向かいの回廊を真っ白なもので山盛りのバスケットがよたよたと歩いているのが見えた。なまえだった。
どうやら彼女は山盛りの洗濯物のせいで前方がほとんど見えていないらしい。
もうじき、彼女はこちらまで歩いてくるだろう。
リヴァイは足を止めた。わざわざ、彼女が通るであろう通路の真ん中で。

「――――わっ!!!」

彼の思惑通り彼女が彼にぶつかり、彼は彼女の落としそうになったバスケットをがっしりと掴んだ。

「すっ・・・すみません!!!」

なまえは体を折りたたむようにしてコメツキバッタのように何度も頭を下げた。

「何をよたよたと歩いてやがる」
「えっ、・・・あっ!!」

頭を上げたなまえは、バスケットを持つリヴァイの顔をみとめた。

「リ、リヴァイ兵士長・・・!」

なまえは自分の顔が真っ赤になるのが分かった。
それは、この間の小部屋での“媚薬談義”が一瞬で頭に蘇ったからで。

「す、すみません。久しぶりに天気が良かったので、一気にシーツやタオルの洗濯をしておこうと・・・」
「それにしたって、前が見えずに落としたら元も子もないだろうが」
「そ、そうですね」

背丈はそんなに変わらないが、リヴァイの方が余裕がありそうだ。
何しろ、絞ったとはいえ水を含んだシーツやタオルはとても重い。
なまえは洗濯場で洗ったそれらを医務室の前の庭に干そうと、広い本部内を戻っている途中だった。

リヴァイはバスケットを持ったまま、何も言わずに医務室の方向へと歩き出した。

「あ、あの・・・?」
「ちょうどお前に用があったんだ」

そう口にしたリヴァイは黙って医務室の方向へとさっさと歩いていくので、なまえは状況がよく飲み込めなかったが、とりあえず洗濯物を持ってくれたことに感謝をし、彼の後についていった。


意外な事に、リヴァイは物干しがとても上手だった。しかも、なまえよりも。
医務室の前に簡易で設置されている太い枝とロープで作った物干しに、リヴァイは1枚1枚、ピシッとシーツを干していく。
きっと、昼過ぎにはとてもきれいに乾いているだろう。
なまえはそれを横目に、タオルを1枚ずつ洗濯ばさみではさみながら、干していった。
彼女は未だ、状況がよく飲み込めなかった。
何しろ、リヴァイが洗濯物を(しかもとても上手に)干しているという光景が信じられなかったので。

「リヴァイ兵士長・・・お忙しいのにこんなこと手伝っていただいちゃって、すみませんでした」
「忙しかったらこんなことするかよ」
「はぁ・・・ありがとうございます・・・。・・・あっ、さっきおっしゃってた用って、何でした?」
「・・・ああ、」

リヴァイは干した洗濯物がまばゆい太陽の下で真っ白に揺れるのを見つめた。
ふわりと揺れるシーツの間に佇む彼の姿に、なまえはなぜかドキッとする。
それはまるで、何かの絵画に切り取れそうな。

「お前が分けてくれたハーブ」
「・・・・・・・・・」
「・・・助かってる」
「あ、―――それは、良かったです」
「・・・・・・・・・」
「・・・飲まれてるんですね」
「ああ」

毎日、ちゃんと眠る前に飲んでいるのだろうか。なまえはほっとしたような笑みを浮かべた。


「ありがとな」


いつもと同じ、無表情の彼が、確かにそう言った。

「・・・・・・・・・」
「・・・何だ」
「・・・・・・あ、いえ」

なまえは彼の表情とその言葉に激しくギャップを感じ、一瞬その言葉を飲み込むのに時間がかかった。
飲み込んだ後は、何だか急に気恥ずかしくなるのを感じた。

「あ、あの、リヴァイ兵士長。カモミールまだ残ってますか?確か、とりあえず試していただく分しかお渡してませんでしたよね」
「まだ少し残ってる」
「・・・あ、分かった。リヴァイ兵士長、カモミールがほしかったんですね?」
「・・・ただで貰うわけにもいかないからな」
「なるほど・・・」

リヴァイはニヤリと笑った。
同時になまえはぷっと吹き出した。
何かおかしいと思ったのだ。
彼が、進んで関係のない洗濯物を運んだり、物干しを手伝ってくれたり。

「いま、お持ちします。こちらで待っていてください」


なまえは笑いを抑えきれぬまま、小部屋へと急いだ。



 
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