ゆらゆらとひらく




翌朝、医務室へ向かう廊下でリヴァイと思われる背中を見つけたなまえは、彼にゆっくりとした足取りで寄っていった。

「リヴァイ兵士長」

リヴァイは振り返ると、立ち止まった。

「おはようございます。昨日は兵士長の班の皆さんと食事をご一緒して・・・ありがとうございました」
「・・・礼には及ばん、別に俺は何もしていない」
「いえ、でもリヴァイ兵士長の部下の皆さんにお世話になったので。ありがとうございました」

間近で顔を見ると、彼の部下たちが昨日言った、彼の“人間くさい”エピソードが蘇り、なまえは少し笑いそうになった。

「・・・・・・?」

やがてリヴァイの顔を見つめ、なまえは眉をひそめた。
彼の目の窪みは青白く、瞳も疲れきっているように深く影をたたえていた。
元々顔色がいい方でもないのだろうが、その目には何か疲労の印象が強く感じられた。

「・・・最近、お忙しいですか?」
「・・・何故だ」
「あっ・・・す、すみません」

ギロッとリヴァイに見つめられ、その迫力に圧されたなまえはとりあえず謝った。
(恐らく彼と多少話す程度の間柄の者でもそうなるであろう迫力を、彼は持っている。)

「何故だと聞いてる」
「さ・・・差し出がましいことを言いまして、すみません。な、何だか、随分疲れていらっしゃるように見えたので・・・」
「別にそんなことはねぇ」
「・・・よく、眠れていますか?」
「・・・・・・・・・」

リヴァイは黙って目を逸らした。

「・・・もしよろしければ・・・、お時間がある時、いつでも医務室にいらっしゃってください。ひょっとしたらお役に立てることがあるかもしれません」

なまえは緊張した面持ちのまま小さく会釈をすると、医務室へ向かって歩き出した。
リヴァイは目元を押さえゆっくり瞳を閉じると、またゆっくりと瞳を開け、再び歩き出した。




なまえはリヴァイが医務室に本当に現れるとは思っていなかった。
というのも、彼は常に多忙な人であると思っていたし、朝の会話では彼は自分の現状を苦慮しているようには見えなかったからだ。
看護士という立場から彼にそう話したものの、昨日の話によると彼は相当神経質だということだから、元々あの状態を苦にせず生きてきたのかもしれない、となまえは考えていた。
ただ、昨日の飲み会によって、自分の中で彼に対しての“勝手な”親近感が沸き、お節介なことを口走ってしまったと後悔していた。

なまえの予想に反して、リヴァイはその日の夕方、医務室を訪れた。
扉を開けた彼の姿を認め彼女は驚いたが、医師に話をし、隣の小部屋へ彼を案内した。

リヴァイは小部屋に入ると狭いその部屋をまじまじと眺めた。
扉を開けて左手の棚には、たくさんの本と、彼の小指程の大きさの茶色の小瓶、それから色々な植物の入った手のひらサイズの瓶がたくさん並んでいる。
金属でできた円錐型の、釜のような不思議な器具も見受けられた。
棚の向こう側には部屋の壁に沿って大きめの古ぼけた机と、背もたれのない丸椅子がふたつ、置かれていた。
それと向かい合うように簡易のベッドが置かれている。
ベッドの向こうにはナイトテーブルのような机が置いてあった。
部屋の奥には大きな窓があり、全開にされているのか、カーテンが勢い良く揺れていた。
彼は、まるでここは魔女の家のようだと思った。

「・・・何だ、ここは」
「あっ、すみません。ここは、私が使わせてもらっている部屋で・・・変な部屋ですよね」

なまえは顔を赤くした。
初めてここを訪れる者は、こうしてリヴァイのように少し怪訝な顔をする。

「・・・まるで魔女の部屋だ」

リヴァイの言葉に小さく笑いながら、なまえはポットを火に掛けた。

「よく言われます」
「だろうな」

これはこの蒸留器でハーブを抽出して作ったオイルです、これはその材料のハーブです、と彼女は恥ずかしそうに説明した。

「ハーブには、色んな効能があって・・・」

興味があるのかないのかはその表情からは読み取れないが、リヴァイは黙ってなまえの説明を聞いていた。
なまえは説明をしながら、やがて沸いたお湯をガラスのティーポットに少し注ぎ、ぐるぐると回して全体にいきわたらせると、その湯を隣に置いていた、同じくガラスのティーカップに移した。
棚から1つ、たんぽぽのドライフラワーのようなものがたくさん入った瓶を持ってくると、温めたポットの中にそれを2さじ入れ、蒸気を勢い良く出しているポットから湯を注いだ。

「・・・香りますか?これはカモミールっていいます」

なまえはリヴァイに椅子を引き、どうぞ、と座るよう促した。
カモミールはたっぷりの湯に浸され、その白い花をゆったりと開けていくかのように、ポットの中をゆらゆらと漂っていた。
2〜3分程経っただろうか。
ティーカップに入れていた湯を捨てると、なまえはティーポットからカップへと茶を注いだ。

「どうぞ。お口に合うといいんですが・・・」
「何だ、これは」
「カモミールの、ハーブティです。眠れない時に飲むといいって言われています。リラックス効果があるんですよ」

なまえがカップを手渡すと、ふわりと、りんごのような甘い香りがした。
リヴァイは黙ってティーカップを受け取った。
その、温かみのあるひだまりのような黄色が美しい。
彼は揺れるカーテンを見つめながら、ひと口ふた口、それを口にした。

「もし、お口に合うようであればドライハーブをお分けします。作り方もご覧の通り、とても簡単なので。眠られる1時間くらい前にお飲みください」

やがて視線を口元のカップに移すと、リヴァイは「いい香りだ」、とつぶやいた。


 
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