男の性なんです




リヴァイはにぎやかな食堂で昼食を取りながら、今日は忘れずにカモミールを貰いに行かなければ、と思っていた。
カモミールを摘みに行き“遭難”したなまえを助けてから、1週間以上が過ぎていた。
ちびちび使っていた彼の家の残り少なくなっていたカモミールのドライハーブは、昨日で無くなってしまっていた。

ふいに、「なまえ」という言葉が耳に入ってきたので、そちらに視線をやる。
看護兵たちが集まり食事をしているところだった。
そういえばそのうちの一人は、この間の訓練の時になまえとハンジたちと並んでいたかもしれない。

「次のお前のターゲットはなまえちゃんかよ」
「ターゲットなんて人聞き悪いなぁ」
「そうそう、こいつ前からあの子のこと可愛いって言ってたし」
「どうせすぐにヤリ捨てするくせに。イケメンはいいよなぁ、それでも恨まれないように上手くやるんだから。未だに元カノにも言い寄られて困ってるんだろ?」

聞かなくていい下らない話を聞いてしまった、とリヴァイは呆れ顔でパンを手に取った。

「でもさ、気持ち分かるぜ。あんな密室であの子に密着されながら甲斐甲斐しくマッサージでもされてみろよ。変な気持ちにもなるって」

おぉ〜と場が沸いたのを尻目に、リヴァイは大きくちぎったパンを口に運び、食事に目を移した。




「でねっ、私、今度の壁外調査で絶対に戦果を上げて、少しでも早くリヴァイ班に入れるようになりたいんですっ!!」

夕方、帰る前に小部屋に遊びに来ていた彼女がキラキラと瞳を輝かせてそう言うので、なまえはにっこりと頷いた。
ゾフィーは新米兵士で、間近に控えた壁外調査が彼女にとっての初めての壁外調査となる。
彼女はリヴァイに憧れて真っ先に調査兵団に入ることを決断したそうだ。

「すごい。頑張ってくださいね。今まで努力してきたことを発揮する機会ですもんね」
「はい。いよいよです!まず、足手まといにならず生きて帰ってこなくちゃですけど」
「ゾフィーさんなら大丈夫。応援してます」
「ありがとう、なまえさん。私ここで頑張って、兵長に名前を覚えてもらうんですっ!だから・・・」
「だから?」
「なまえさんって、ちょっと兵長と仲いいんでしょ?」

なまえの顔色を窺うように、ゾフィーは言った。
恐らく以前に流れていたなまえとリヴァイが付き合っているのではないかという噂を聞いていたのだろう。

「えっ、・・・仲いいのかなぁ?たまにお話したりはしますけど・・・」
「だからね、兵長に私のことは話さないでくださいね!自分の力で兵長に名前を覚えてもらって、認めてもらうんです!」

ゾフィーは少し頬を紅潮させて活き活きとした顔でそう言ったので、なまえは「もちろん」と彼女の手を両手で握った。
健闘を祈る、との思いを込めて。

二人が笑いあっていると、ドアがノックされた。
なまえはゾフィーに会釈をした後、「どうぞ」と答える。

「入るぞ」

開いたドアから覗いた顔に、ゾフィーは顔を真っ赤にして、なまえは彼のタイミングの良さと、彼女の反応を見ていたずらっぽく笑った。
現れたのは、まさに二人が噂をしていたゾフィーの憧れの人、リヴァイだった。

「すっ・・・すみませんなまえさん、じゃ、また来ますねっ!!」

ゾフィーは慌てて真っ赤なままの顔でペコペコと頭を下げると、逃げるように小部屋を飛び出した。

「先客がいるのに悪かったな」
「あ、いえ・・・」

なまえはリヴァイには見えないように笑いながら、ゾフィーが飲んでいたティーカップを片付けた。

「リヴァイ兵士長、この間はご迷惑お掛けしちゃってすみませんでした・・・本当にありがとうございました。あの、カモミールですよね?」
「ああ・・・もし良ければそれが買える店を教えてくれないか」
「あ、お気になさらないでください。カモミールは他にも分けてる方もたくさんいらっしゃって、ドライハーブもいっぱい作ってありますから。リヴァイ兵士長のおかげで、この間もたくさん摘んでこれましたしね」

彼女が少し恥ずかしそうにそう言うと、リヴァイは「そうか」と言った。

「あの、ひょっとしていま少しお時間ありませんか?」
「特に忙しいわけでもないが」
「良かった。もしよろしければこの間のお礼に、マッサージさせて頂きたいなって」

マッサージ。
リヴァイの脳裏には、今日の昼休みに食堂で聞いた看護兵たちの会話がよぎった。

「気ぃ遣うんじゃねぇよ、ハーブさえもらえれば後はいい」
「いえ、リヴァイ兵士長さえもしよろしければ。結構評判いいんですよ〜?」

なまえが得意げに腕まくりをしたので、リヴァイは視線をよそにやり少し考えた後、「じゃあ頼む」と言った。

「どうぞどうぞ。まずこちらにお座りください」

彼女に促され、リヴァイは椅子に腰掛けた。
ポットを火に掛けた彼女は机の引き出しからクリップボードと小さな箱を取り出すと、医者のようにリヴァイに質問をした。
敏感肌ではないか、体は疲れていないか、どこに疲れを感じているか、よく眠れているか、睡眠時間はどれくらいか、など。
それから彼女はさっき机の引き出しから取り出した小さな小箱を開け中に入っていた小瓶の蓋を1つずつ開けてはリヴァイに差し出し、好きな香りを選んでくださいと言った。
リヴァイが1つの小瓶を選ぶとちょうどポットの湯が沸いたので、なまえは水を入れた木の桶に湯を入れてリヴァイの横に置いた。

「まず、足のマッサージをさせてもらいますね。ブーツと靴下を脱いで、パンツを膝まで上げてもらえますか?」

リヴァイは言われた通りにブーツと靴下を脱ぎ固定ベルトを外し、パンツを限界までロールアップさせた。
そのまま桶の中に足を入れるように言われたので、そのぬるま湯の中に足を入れる。
足に着けていた物を外しただけでかなりの開放感があったが、桶の中に足を入れるとそのあたたかさでまた足の疲れがほぐされていくように感じた。

「足を洗って血行を良くしてから、さっき選んで頂いたオイルを使ってマッサージをしていきます。女性にする時は本当はこの桶にお花を入れるんですけど。リヴァイ兵士長はいりませんよね」

なまえはそう言うと、リヴァイの足へ手を伸ばし、彼の足をやさしく洗い出した。
椅子に腰掛ける自分の前に跪き丁寧に自分の足を洗うなまえを見て、リヴァイは「なるほど」と思った。
それはもちろん、食堂で話していた看護兵の言葉に。
邪まな気持ちになりはしないが、何となく男の女に対する支配欲をくすぐられるような。

丁寧にぬるま湯で足を洗った後、なまえはリヴァイにそのまま床に置いたタオルの上に足を乗せるように言った。
そして、彼の選んだアロマオイルとキャリアオイルでマッサージオイルを作り、リヴァイの足を前に跪く自分の太ももの上にタオルと一緒に乗せた。
マッサージオイルを手に取ると、リヴァイの足の裏を揉み解すように、なまえはマッサージしていく。
オイルの香りだろうか。ほのかにナッツのような香りがする。
足の裏全体をよくマッサージすると、足の甲からふくらはぎへ。
緊張していた体がやわらかくほぐされていくようだ。
リヴァイはこうしたマッサージを受けるのは初めてだったが、とても気持ちよく感じられる。

「本当はふくらはぎから膝の裏、太もも・・・ってして差し上げるといいんですけど。簡易でごめんなさい。後はベッドに横たわって頂いて、普通にマッサージをさせてもらいますね」

彼女はふかふかのタオルでリヴァイの足を軽く拭いてやると、靴は帰るときに履いて下さいと言いスリッパを差し出した。
確かに固定ベルトをもう一度着けたくなければ靴下もブーツも履きたくなくなるほどに足はじんわりとあったかくとても楽になった気がして、気持ちいい。
しかも、オイルを使ったマッサージなのに足はベタついた感じがなかった。
なまえは浸透の良いオイルなのでベタつかないんですよ、とリヴァイに言った。

リヴァイは小部屋の小さなベッドにうつ伏せで横になると、背中に大きなタオルを掛けられた。
お茶を用意しますと彼女は言い、再びポットを火に掛けた。

静かな部屋には、ポットが火に掛けられる音だけがしている。
途中用意していたティーポットに沸いたお湯を注いだ時間があったが、なまえは時間をかけて、リヴァイの首、肩、背中、腰へとゆっくりとマッサージをしていった。
力は強すぎずもなく、弱すぎずもなく。
筋肉に沿ってさするようにしてからゆっくりと手全体を使って、丁寧に体に刺激を与えていく。
臀部や太ももにまでそのマッサージが及んだので、リヴァイは少し驚いたがやはりとても気持ちが良かった。
最後にもう一度肩の辺りをマッサージしてくれたなまえの方をちらりと見ると、彼女の女らしい腰と胸が目の前にある。
施術をしている彼女は全く気付いていないだろうしそろそろ終わるだろうから、とリヴァイは憚りもせずそれを見つめていた。
もちろん、邪まな気持ちで。

マッサージが終わる時間に合わせてティーポットにお湯を注いだのだろう。
施術が終わるとすぐに、なまえはお決まりのハーブティーを出してくれた。
今日はカモミールではなく、ジャスミンフラワーで淹れたお茶らしい。
カップを近付けると、何ともいえない甘美な、彼が思うところの“女らしい”香りがした。
飲みながらマッサージの後片付けをするなまえの後姿をしげしげと眺め、この間味わった彼女の体の感触を思い出す。
看護兵たちが言っていたことも仕方ないことかもしれないとリヴァイは思った。
そして、この小部屋のマッサージの常連である男性の兵士たちもまた、ひょっとしたら・・・?
使ったタオルとシーツをベッドの上に簡単に畳んで置くとなまえが振り向いたので、リヴァイは視線を外した。
彼女はまだゴソゴソとこの狭い部屋の中を動いている。
粛々と仕事をしている彼女に対して邪まな目でしか彼女を追えない自分がいて、何も話さないこの空間が何となく落ち着かない。

「・・・なまえ、お前――――」

「はい?」

振り向いたなまえに目をやると、彼女は先程のクリップボードに何やら細かく字を書き込んでいるようだった。
“変な男には気を付けろよ”と?“男へのマッサージは注意したほうがいい”とでも?
彼女は看護士でこうして人の体に触れることに他意もなければ、マッサージだって自分の職務だと思い彼女なりのプロ意識を持ってやっていることだ。

「何でしょう?」
「・・・いや、なんでもない」
「これ、リヴァイ兵士長のカルテみたいなものなんですよ。次いらしたらまた書き込んでいって、記録を残していきますね。きっとお役に立てると思います」

そう、いつだって勝手に邪まな考えを持つのは男性の方で。
にこにこと微笑むなまえにリヴァイは少しバツが悪そうな表情を浮かべ、いつも通り開け放たれている小部屋の窓の外を眺めた。



 
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