苦労しますね




その日は間近に控えた壁外調査のために兵士たちがそろって森で特別訓練を行うというので、看護兵と医師と一緒になまえも現場へ借り出されていた。
医療班、と書かれたテントの下で待機をしているが、彼女は小さなそのテントの中をきょろきょろとしながら右往左往している。
大規模訓練の時に医師と看護士が立ち会うのは珍しいことではないが、幹部たちも出揃うようなここまで大きな特別訓練は初めてだったので自分に任されていた準備はしっかりできているか、万が一の時の対応はできるだろうかとなまえは何だか落ち着かない気分だった。
兵士たちが行き交う慌ただしい雰囲気の中、そろそろ訓練が始まりそうな気配だ。

「なまえちゃん、落ち着かない顔してるね。大丈夫大丈夫、俺たちがいるし」

顔馴染みの看護兵がなまえに声を掛けてきたので、手持ち無沙汰で余計に落ち着かなかった彼女はすることができたと少しほっとした。

「はい、何だかすみません。私なんか補佐の補佐って感じなのに・・・」
「まぁ、場合によっちゃ大事故にもなりかねないしね。万が一があっても俺たちが真っ先に対応するんだしさ、そういう訓練だから。なまえちゃんは後方支援で大丈夫だよ」

よろしくお願いします、となまえは軽く頭を下げた。
看護兵こそ訓練を控えているのだし自分など補佐なのだから、落ち着かなくてはと彼女は軽く自分の頭を叩いた。

「あ、始まるみたい。ほら見て、リヴァイ兵長のお手本だ」

はっとして目をやると、リヴァイが立体機動で障害を軽々と避けながら巨人の模型を次々に削いでいくところだった。
といっても、なまえの目には速すぎて彼が全く何をしているのかすら分からないようなレベルだったが。

(す、すごい。何をしてるか全く分からない・・・)

最近彼とはちょっとした絡みが増えて少しだけ普段の彼との関わりがある分、リヴァイの兵士としての姿になまえは感銘を受けた。
立体機動の動きはたまに訓練に立ち会う時に目にすることはあるのだが、今まで目にしていた兵士たちの動きとは全く違う。

(こんなすごい人だったんだ・・・)

尤も、彼はこの調査兵団の兵士の兵士長であり、知らない者などいない有名人であり、人類最強と言われる程のものすごい実力者であるらしい・・・とは知っていたのだけれど、壁外も巨人も目の当たりにしたことのないなまえにはこれが彼の兵士としての力を知る初めての機会だった。
そして、彼は自分が思っていたよりももっともっとすごい人で、感じていたよりももっと遠くにいる人なのだなと感じる。
だって自分の目で追えない程の動きをしている彼はあまりにも常人離れしていて、まるで人間ではないかのようにも感じられて。

「なまえさん!今日はいらしてたんですね!」

リヴァイの“お手本”を半ば呆然と見つめていたなまえに、医務室の常連客が声を掛けた。
調査兵団で最も心労が多いのではと一部で言われており、胃痛で足繁く医務室に通っているモブリットだ。

「モブリットさん!こんにちは」
「さっき先生にもご挨拶しましたよ。この間はご迷惑をお掛けしちゃって・・・」

モブリットは自分の腹をさすって恥ずかしそうに笑った。
日ごろの心労が積み重なり無理がたたった彼は、この間胃潰瘍で医務室に運び込まれたのだ。

「経過が良いみたいで安心ですけど無理は禁物ですよ。大事になさってくださいね」

そうなんですけどね、とモブリットは言いながら、二人の下へ近付いてきた人物をちらりと見た。

「いやいやいや〜!いつもモブリットがお世話になって!」

あっけらかんと挨拶するハンジに、なまえはいえいえと頭を下げた。

「モブリットさんがあまり無理なさらないように気を付けてあげてくださいね」とにこにこと彼女が話すとハンジは「えっ君無理してんの?」とモブリットに少し驚いたように言ったので、なまえは口元を手で隠し小さく笑った。

「おいなまえ、奇行種に絡むとロクなことがないぞ」

「リヴァイ兵士長!」

スタスタと歩いてきたリヴァイになまえの隣にいた看護兵とモブリットが姿勢を正し、「お疲れ様でした!」と頭を下げた。
“お手本”が終わり、リヴァイはお役御免のようだ。

「キコウシ?」

聞きなれない単語になまえが不思議そうにそう言うと、ハンジが瞳を輝かせ彼女の肩をガシッと掴んだ。

「貴公子じゃない、奇 行 種!何、君、奇行種知らないの!?興味あるの!?」

ああ始まった、とモブリットは胃を押さえて苦笑し、リヴァイはそのままさっさとエルヴィンたちがいる幹部席へと歩いていった。
あまりものハンジの勢いに「えっ、えっ」となまえは戸惑っていたが、話し始めた彼女の活き活きとした巨人談義に、「なるほど」とモブリットの心労の理由が分かった気がした。

ちなみに、ハンジのなまえに対する奇行種への情熱を語った熱弁は訓練中し通しで、特に看護士の出る幕もなく、無事に特別訓練は幕を閉じた。


 
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