9 days wonder 「なまえさん。何で兵長と付き合ってるって教えてくれなかったんですか!!」 ペトラに物凄い剣幕で迫られ、なまえは一瞬言葉を失った。 全く身に覚えのない言葉の羅列。 「あ・・・?ペトラさん?い、一体、何のことでしょう?」 一体何もなにも!とペトラは言った。 「この間、オルオの快気祝いのとき。なまえさんと兵長が抱き合ってるのをオルオが目撃したんです!」 「・・・・・・・・・まさかぁ!」 なまえは苦笑した。 が、ペトラの勢いは止まらない。 「まさかもとさかもありませんよ!ひどいです。言ってくれたら応援だってしたのに。水くさいですよ!」 彼女の物凄い剣幕に気圧され、なまえは自分の身に一体何事が起こっているのか全く頭の中を整理できないでいた。 両手で頬を覆い、考える。 が、身に覚えがない。 腕を組み、考える。 ・・・が、全く身に覚えがない。 「・・・どうしましょう、ペトラさん。私、リヴァイ兵士長と抱き合ってたんでしょうか?」 真剣な表情でなまえが聞いたので、ペトラは一瞬口ごもった。 その後、少し間を置いて言った。 「・・・ほんとに記憶ないんですか?」 どうやら話はこういう事らしい。 昨日、リヴァイとなまえが抱き合っているのを、席を立ってしばらく経つなまえの様子を見に来たオルオが目撃した。 (正しくは、なまえが居眠りしていたところをリヴァイに腕を引っ張られ、よろめき彼の肩にもたれかかっていたところだった。) リヴァイはそれを見ていたオルオに気付き、オルオに眠っている彼女を見ているように指示し、リヴァイは店内へ。オルオは眠りこけるなまえについていた。 30分程して店を出るリヴァイ班に起こされ飛び起きたなまえは、その時隣にいたオルオのことだけは覚えている。 (その後、お前が世話になったから彼女を送れという理由でオルオがなまえを家まで送り届けてくれた。) オルオはその翌日である今日、リヴァイ班の面々に、「兵長となまえが店の裏でこっそり抱き合っていた。二人は付き合っているんじゃないか」と吹聴したらしい。 (恐らく自分が兵長に一番詳しいのだという風に見せたかったのと、ペトラをからかいたかったのもあるだろう。) 「すみません、夕べお店の裏口でリヴァイ兵士長に会ったっていう記憶が本当にないんです。」 「ははぁ・・・そうなんですか」 ペトラはやっとなまえの言葉を信用したようだ。 「でも、もう手遅れかも」 「え?」 「オルオのやつ、きっとそこらじゅうでこの話をしてますよ」 「・・・え!?!?!」 ペトラの予想は当たっていた。 その日、本部を歩くとすれ違う人々が自分を見てコソコソと話をしているのが分かった。 リヴァイはここでは知らない者など誰もいない有名人で、その醜聞のお相手となれば恰好の噂の的だ。 昔から人一倍注目されるということが苦手ななまえは、針のむしろに入れられているような気分だった。 彼女の仕事上あまり本部内を歩き回る必要がなく、勤務中洗濯以外は大方医務室に詰めていればいいのがまだしもの救いだった。 それでも。 「なまえさん、兵長と付き合ってるんですか?」 目を輝かせて遠慮なくインタビューをしてくる小部屋の常連女子たち。 「いえ、まったく・・・」 なまえは顔を引き攣らせて笑った。 今日同じことを聞かれ、同じせりふを返すのは一体何度目だろうか。 普段は男性兵士たちへのマッサージよりも女性兵士たちへのマッサージの方が楽しく感じるのだが、今日に限っては逆だった。 「でもぉ!二人が人目もはばからずに抱き合ってたところをたくさんの人が目撃してるんですよぉ!」 話はとても大きくなっているようだった。 「“誰が流した噂か分からないですけど”」となまえは前置きして言った。 「ほんと、身に覚えがないんです。でも、本当に私がリヴァイ兵士長と付き合ってるなんてことはないですよ。だって、リヴァイ兵士長のこと、私はほとんど何も知らないんです。リヴァイ兵士長も同じことを言われると思いますよ」 疲れたようになまえがシュンとすると、小部屋に押しかけた女子たちは諦めたような、それでも腑に落ちないような顔をした。 「面白い話ができなくって、ごめんなさい」 シュンとしながら力なく笑う彼女の言葉に、噂好きの女子たちは多少、納得したようだ。 長かった一日を終えて、なまえは医務室の掃除をしていた。 今日は身に覚えのない噂に振り回された一日だった。 人目が怖い。 床をモップ掛けしながら、どっと疲れが押し寄せてきた。 下手したら、貫徹をしたおとついよりも疲れたかもしれない。 リヴァイも今頃、同じようにこの噂に振り回され辟易しているのだろうか。 それとも、彼に聞くのが怖いから、皆自分に聞いてくるのだろうか。 ・・・でも、彼がこの噂を耳にしていたのだとしたら、一体どう思うのだろう。 周りに対してではなく、なまえに対して―――――。 そう思うと、急に怖くなる。 (せっかく最近、リヴァイ班の皆さんに仲良くしてもらってたのに・・・) 何かを失うのではないかと、なまえは小さくため息をついた。 次の日も状況は全く変わらなかった。 それどころか、「結婚するらしいじゃないか」と医師にまで唐突に尋ねられた。 その質問にはさすがになまえもずっこけるところだった。 状況は、ひょっとしたら悪くなっているのかもしれない。 洗濯場へ向かう途中もやはりすれ違う人々が自分を好奇の目で見ている気がして、下を向いて早歩きをした。 なまえは晴れない気持ちのまま洗濯場から医務室へ戻る途中、こちらへ歩いてくるリヴァイを見つけた。 その姿をみとめた瞬間、彼女は進路を逆に取り、早歩きで次の角を曲がった。 遠回りだが、今はどうしても彼とは顔を合わせないようにしたかった。 洗濯したタオルを干しながら明るい太陽の下、なまえは百回くらい、ため息をついた。 「・・・なまえさん、何か、すごいゲッソリしてますね」 様子を見に医務室を訪れたペトラが、心配そうに彼女の顔を覗き込んだ。 「はい・・・もう昨日から何十回あのことを聞かれたか・・・」 はぁ、となまえは大きなため息をついた。 会う人会う人に同じ事を聞かれ、相当参っているのだろう。 彼女は処置室の外のベンチに座り込み、壁に頭を預けてうなだれた。 「元気出してくださいよ、私はなまえさんと兵長のこと聞かれたら、そんなことはないよってちゃんと答えてますから!」 あと、オルオのやつは十分しばいときましたから!とペトラは言い、なまえの肩を叩くと「ねっ」と励ますように言った。 「あ、元気出るハーブティってないんですか?」 そう聞かれ、なまえはピンと生き返ったように背筋を伸ばした。 「ありますね」 いつもの顔に少し戻ったなまえを見て、ペトラが嬉しそうな顔をした。 「ありますよ!」 なまえはもう一度言うと、すぐに小部屋に向かい、棚から瓶を1つ手に取った。 「セージです。ちょっと飲みにくいんですけど、ペトラさんもよかったら。・・・すごく体にいいって言われてます」 湯を沸かしだしたなまえがいつもの様子に戻ったように見えたので、ペトラはほっとした。 彼女の淹れたセージ茶は少し苦くて薬のような味がしたけれど、後味はすっきりとしていた。 飲みにくい薬のようなその味が、逆に不安をどこかへやってくれそうな頼もしい味に感じられた。 「セージはね、いまの私みたいに落ち着かなかったり、不安になったときに飲むといいんです」 ペトラとそれを口にしながら、なまえは恥ずかしそうに小さく笑った。 帰り道、またリヴァイの姿を見かけてなまえは踵を返す。 何日も彼の姿を見ないことの方が多いというのに、何故こんな時に限って彼を見つけてしまうのだろう。 ペトラのお陰で少し気分は楽になっていたものの、やはり彼と顔を合わせるのはとても気まずく感じて、反射的に体が避けてしまった。 そして、それを見た兵士たちはコソコソと話し合う。 (ああ、早くこの噂が消えてくれればいいのに) なまえは小部屋に逃げるように戻り、ガックリとうなだれ、セージの入った小瓶を見つめた。 (セージ・・・今度はもっとたくさん植えよう・・・) 翌日、いつもの洗濯場から医務室に戻る途中、廊下に佇むリヴァイを発見した。 その瞬間、なまえはまた進路を変える。 (またリヴァイ兵士長!何でこう間が悪いの、私は――――) 自分が悪いことをしたわけでもないのに。 と、思いながら、昨日に続いて無駄に遠回りをし、医務室の前の物干し場へとなまえは戻った。 すると。 「おい」 ぎょっとして前方を見ると、いた。今、一番見たくなかった顔が。 リヴァイだった。 なまえは洗濯物を入れた籠を足元に落としていた。 せっかく洗濯したシーツとタオルに土がついている。 それでもなまえは、全くそれに気付いていないかのように、固まっている。 「・・・あ、あ、あ、あの、」 「てめぇ、何俺のことを避けてやがる」 核心をつかれ、なまえは息が止まるかと思った。 何か話さなければ。 でも、何を話せばいいのか分からない。 一瞬のうちに思いを巡らすが、なまえの脳内はあまりにも混沌として言葉をつむぐことができない。 「え、あ、そ、そんな、あの、」 「どもってんじゃねぇ、答えろグズ野郎」 「あ、あの、す、すみません」 すみませんじゃねぇよ、と青筋を立てたリヴァイは静かに凄みをきかせた。 「あ、の、変な、噂―――――」 酸素の足りない金魚のように、何とかパクパクと口を開けてなまえは言った。 「しょうもねぇ事にビクついてんじゃねぇよ。てめぇはガキか?くだらねぇ」 なるほど、確かに口が悪い。――――と、泣きそうな程にパニックになりながらも、なまえは頭の片隅で思った。 「・・・でも、リヴァイ兵士長にも、・・・ご迷惑をおかけしてるんじゃないかと・・・」 「俺は他人が自分をどう思おうなんて興味はねぇ」 「は・・・」 「ああいう下らない話が好きな連中は、そいつらの事なんてどうでもいいんだよ。いつでもてめぇらの食いつく餌を探してるだけだ」 「はぁ・・・」 リヴァイはなまえに近付くと、腰を落とし、落ちた洗濯物を拾い、籠に入れ、なまえに差し出した。 震える手で、彼女は何とかその籠を受け取る。 「だからお前も気にするな」 「・・・・・・はい」 小さくなまえが頷くと、リヴァイは小さく息をつき、背を向けると去っていった。 (・・・こ、怖かった・・・) リヴァイがいなくなっても、なまえは籠を持ったまま立ち尽くしていた。 (・・・でも、) わざわざリヴァイは自分にそれを言いにきてくれたのだな、と思った。 恐らく、洗濯場から帰ってくる自分をあそこで待っていてくれたのだろう。 ペトラが、自分が落ち込んでいるのだということを伝えてくれたのだろうか。 (その下らないことのために、わざわざ気にするなって言いにきてくれたんだ) なまえは1つため息をつくと、空を見上げ、もう一度、洗濯場へ向かった。 足取りは、先程よりずっと軽かった。 「・・・でね、●●班の××がいうには、ハンジさんとリヴァイ兵長がデキてるんだって!」 「えっちがうちがう、兵長ってさ、本部の空き部屋でいつも誰かとヤッてるらしいよ!」 「うそぉ、この間兵長はマジでオンナに興味ないって言ってたじゃーん!」 「・・・・・・・・・・・・」 小部屋に集まる女子たちのリヴァイの噂談義に、なまえは開いた口が塞がらないまま、顔を引き攣らせるように笑った。 なるほど、有名人は小さな噂の1つや2つ、気にしていられないだろう。 彼女と彼の噂など、そのうちの1つでしかないのだ。 (恥ずかしい、私って本当に小者だわ・・・) こっそり顔を赤らめながら、なまえは小部屋にいる女子たちの為にセージ茶を淹れ始めた。 (・・・あれ?でも) そういえば、と考える。 (リヴァイ兵士長と抱き合ってたっていうのは、本当なんだ???) そこの真偽はよく分からない。オルオにも聞けない。 (・・・何でそうなったの?一体何があった・・・?) 「――――あっつ・・・!!」 「わ、なまえさん、大丈夫!?!」 「あ・・・ごめんなさい、お湯、こぼしちゃって・・・」 真っ赤な顔のまま、なまえはお湯をこぼしたテーブルを拭いた。 back |