茶の道は1日にしてならず4


ゴム手袋以外の武装を解いたリヴァイさんはぐっしょり濡れた私の荷物がいっぱいに入ったビニール袋を両手に持つと、ガレージを抜けて中庭へと歩いていった。
おどおどしながらも私は金魚のフンのようにそれについて歩く。
だって何も分からない私には、そうする他にしようがないから。

すいすい歩くリヴァイさんとは違って、慣れない私はガレージから続く飛石を踏み外さないようにそろそろとゆっくり歩く。
庭はそれはもう素晴らしい日本庭園で、雑草も落ち葉も1つもない程によく手入れが行き届いている。
専用の庭師でもついてるんだろうか。
それともこの怖い、潔癖症っぽいリヴァイさんが毎日目を光らせて庭掃除をしているんだろうか。
左手には瓦のついた高い壁にふさわしい、大層立派な門がそびえ立っていた。
キョロキョロ辺りを見回していた視線をリヴァイさんに戻すと、やっぱり大きくて立派な玄関の前で、彼はうんざりとした顔で格子のようになっている引き戸を開けて私を待ち構えていた。
やや丸い顎で早くしろ、と私に指図する。
それにしたって怖い顔だ。
私は少し早足で戸をくぐった。
玄関に足を踏み入れた時、出迎えてくれたその人の姿に、私は思わず息を飲んだ。
王子様だ。
王子様がいる。
そこには確かに王子様がいた。
彼は高貴で優雅な分厚いオーラを纏って、私のような下賤な者にもやさしく微笑みかけ、そこに佇んでいる。
私はただ彼をぽーっと見つめてそこに立ち尽くしていた。

「いらっしゃい、なまえちゃん。リヴァイに迎えに行かせてしまってごめんね。怖かったでしょう?」

「人に面倒なことを押し付けといてよく言いやがる」と吐き捨てたリヴァイさんの悪態など、私の耳には全く入ってこない。

「ナナバです。よろしくね」

ナナバというお名前らしい私の王子様の隣に立つ怖い怖いリヴァイさんなど、もう私の目には全く入らない。
「どうぞ」と王子様は優雅に手をやり、私に家に上がるように促した。
彼が手を動かしただけでまるでそこに薔薇の花が開くように見える。

「ナナバ、このゴミを頼む。捨てるか、洗濯してやってくれ・・・オレはもうこれに触れたくねぇ」
「ゴミ?」

リヴァイさんが手にしていたゴミ袋を王子様に手渡したので、私ははっとして現実に戻された。

「ゴ・・・ゴミじゃ、ないです!」
「変わりねぇだろうが・・・バイ菌」

リヴァイさんの言葉に私は青ざめ、王子様は?を1つ、王冠の代わりにその高貴な頭の上に浮かべたものの、ゴミ袋をリヴァイさんから受け取った。
怖い顔ばかりか意地まで悪いその人は、もう自分は私とは全く関係ないという風にさっさと長い長い廊下を歩いていった。
その背中を不思議な顔のまま見送った王子様は私を振り返るとにこりと微笑み、「父さんのところに行こうか」と言った。

「ごめんね、兄さんが怖がらせちゃって・・・」

ピカピカに光る木の板を、王子様に続いてそろそろと歩く。

「に・・・兄さん・・・?」
「そうだよ、リヴァイ兄さん。母親が違うからか、ちっとも似てないけどね」

ふふ、と、やっぱり薔薇が咲きそうな微笑みを浮かべて王子様は答えた。
いろいろな理由から正気になる余裕もなかったので何も考えてなかったけれど、リヴァイさんとこの王子様はその口ぶりや態度から、確かに家族だという雰囲気を醸し出していた。
でも、とても信じられない。
あの怖い怖いリヴァイさんと、このやさしいやさしい王子様が、兄弟・・・。
普通ならさらっと話してくれなさそうな事情まで聞いてしまったけれど、どうしても信じられない。

「父さんと、エルヴィン兄さんと、リヴァイ兄さんと、私。うちは四人家族なんだ。」

私はその言葉にはっとして、王子様の微笑みに見とれていた顔をこわばらせた。
これから会いにいくという「お父さん」と「エルヴィン兄さん」という新たなキャラクターは、果たしてこのナナバさんのような穏やかなタイプなのだろうか。
それともリヴァイさんのような怖い怖いタイプなのだろうか。
考えてみればここは有名な茶道の家元のおうちなのだから、厳格でしかりだ。
しかもその「父さん」という人が家元なんでしょう。
ひょっとしたらあの怖い怖いリヴァイさんよりも深く眉間に皺を寄せた、もっともっと怖い・・・・・・?

私はそんなにも分かりやすい顔をしてしまっていたのだろうか。
ナナバさんは、プッと、それなのに高貴に吹き出すと、笑いながら言った。

「安心して、なまえちゃん。リヴァイ兄さん以外はみんな総じて穏やかな性格だと思うから・・・尤も、リヴァイ兄さんだって本当はとてもやさしい人なんだよ」

私は何と答えたらいいのか分からなくて、ぎこちないひきつり笑いを返してしまった。
だって、あの怖い怖いリヴァイさんが、「とてもやさしい人」だなんて。
リヴァイさんに出会ってほんの数時間しか経っていないけど、彼は私の中では、世界の怖いものの全てを集めたような存在になってしまった(だって、本当に怖いんだもん・・・)。
彼はこの世の「やさしさ」とか「あたたかさ」とかいった類いのものとは一切関係を断ってしまったような存在に見える。
この、彼の弟であるナナバさんとはちがって。
「母親が違う」という複雑な事情の為なんだろうか。
それは分からない。
ただ、彼は怖い。それだけは私の心にしっかりと刻み込まれた。

「父さん、なまえちゃんをお連れしました」

ナナバさんはある障子の前で背筋を伸ばし綺麗な正座をすると、中に向かって声を掛けた。
確かに私たちが普段する正座と同じとは思えないほど綺麗な正座なのだけど、ただ正座しているその姿さえ美しくみえるのだから、王子様ってすごい。
「入れ」と厳格そうな低い声が聞こえてくる。
私は(やっぱり怖そうじゃないの)、と震え上がった。
後ろで縮こまる私が見えないナナバさんは容赦なくそのまま障子に手を掛けると、よくドラマだとか映画で見るような、お手本のような美しい動作で障子を開けた。


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