茶の道は1日にしてならず1

部屋は朝からフル回転させているクーラーでとても涼しいというのに、その鳴き声で夏の暑苦しさを盛り上げるセミそっくりに、お母さんがけたたましく私の名前を何度も呼んでいる。
もちろん無視だ。
夏休みに入ったとはいえ、何しろいま私は忙しい。
さっきコンビニで買ってきたばかりの漫画と、カールを食べるのにとても忙しいのだ。
パラ、とベッドの上に寝そべりながらページをめくり、カールを口に放り込んだ。
やっぱりカールとうまい棒はチーズ味でしょ。

と、優雅に漫画を楽しんでいたとき、バン、と乱暴に部屋のドアが開けられた。
私は驚きそちらを見る。
見知らぬ男だった。
私は唖然として、ピクリとも動けなかった。
手からは次に口に運ぼうとしていたカールが漫画にサッ…と軽やかな音を立てて落ちた。
さすがカールだ。
すぐにその男は何事もなかったかのように、ドアを静かに閉めた。
部屋のドアが誰かに開けられたのは、久しぶりだった。
なぜならば私の部屋はゴミ溜めと呼ばれていて、家族は私の部屋に入ろうともしなければ見ようともしない。
悲しくなるかららしい。
失礼な話だ。
私のお気に入りの服や鞄や雑誌や漫画たちが置ききれないこの狭い部屋が原因だというのに。
ドアの向こうに立っていた知らない男は、年齢が20代後半くらいだろうか。
小柄で黒髪のぼっちゃんヘア…タラちゃんかかりあげくんみたいな髪型をしているくせに、小造な顔はとても意地悪で凶悪そうに見えた。

「失礼、ゴミ処理場か何かのようだが」

ドアの向こうからその男のものだと思われる、低い声が聞こえてくる。

「すみません、本当にだらしのない子で…!!」

お母さんの悲鳴のような声が聞こえてきた。
私はわけが分からず、ベッドから立ち上がる。
部屋の床じゅう服や鞄や雑誌が山積みになっているので、まるで山盛りのカレーライスの皿の中を歩くようにしてドアに辿りつき、恐る恐るそれを開けた。

「お…お母さん…、この人、だ、だれ…?」
「なまえあんたね、部屋を掃除しておきなさいと昨日あれほど言ったでしょうが!!」

お母さんは真っ赤な顔で、物凄い剣幕で私を叱りつけてきた。

「よぉ、バイ菌」

ハンカチで口元を押さえている見知らぬ男は、私にそう呼び掛けた。

「な…なに、一体、何なの」
「もう、言ったでしょ!親戚のおうちに今日からあんたを礼儀作法見習いでお世話にならせてもらうんだって!このお兄さんは、そこの息子さんよ。お父さんのはとこにあたる…リヴァイさん。迎えに来てくださったのよ」

私はハンカチで口元を押さえたまま冷たい瞳を向けるリヴァイさんとかいう男の人を、青ざめた顔で見た。


私はお母さんに急かされとりあえず家にあった一番大きなトランクに、そこらへんにあった下着や服や鞄や靴、それから化粧品をパンパンにつめた。
さっき食べていたカールと漫画も入れた。
私の部屋はそこらじゅうに物が山盛りになっているように見えるかもしれないが、私には結構使い勝手のいいようになっているのだ。

重たいトランクを引きずり外へ出ると、リヴァイさんとかいう凶悪な顔をしたかりあげくんは、眉間に皺を寄せ私を待ち構えていた。
こんなにも熱いというのに、黒い七分袖のカットソーに、白いパンツ。腕にはキラリと銀色の高そうな時計が光っている。
グレーに近い黒の、立派な車に気だるげに寄りかかる姿はヤクザのように見えてかなりおっかない。
ぴかぴかの車の頭のところにはよく知るお馴染みの、Yをひっくり返したようなマークがついている。

「来たな、バイ菌野郎」

リヴァイさんはそう言うと、除菌99%と書かれたウェットティッシュを取り出し3枚か4枚重ねて、私の持ってきたトランクを丹念に拭き、車のトランクへと載せた。
それから車から小さくて丸っこい銀色のサイクロン掃除機らしきものを取り出すとノズルを私に向け、容赦なく電源を入れた。
ブォォ、と音を立てながら掃除機のノズルは私の正面首から下、そしてうしろの足元から上へと動かされる。

「・・・あの・・・」
「まぁ、こんなもんか」

私の話など聞く気がないらしい。
リヴァイさんはチッ、汚ぇなぁと言いながら掃除機を車の中へ片付けた。
彼は私のことを本気でバイ菌だと思っているようだ。

「乗れ」

リヴァイさんに促され車に乗り込むと、ドアをバタンと閉めたらギュイン、とドアが内側に迫るようにして収まり、左側からはウィインとシートベルトのホルダーが出てきたので私はびっくりした。
どうやら彼は昔ながらのぼっちゃんヘアをしながら、未来の車にお乗りのようだ。
リヴァイさんは無言でダッシュボードから取り出した高そうなブランドもののサングラスを掛けると、エンジンを掛けた。

「リヴァイさん、これお土産です。気持ちだけですけど」

用意していたお土産を手に、お母さんが慌てて出てきた。
前もって買っておいたのにどこにしまったか忘れて、必死に探していたのだろう。
さすが私の母親だ。

「あぁ、お気遣いなく」

リヴァイさんは小さく会釈しお母さんの渡した紙袋を受け取った。
たぶんお酒だろう。
確かお母さんがこの人のおうちは茶道の家元だと言っていたから、お菓子なんてあげるわけにはいかない。
恥をかくだけだもの。

「なまえ、しっかり勉強してくるのよ!少しは女らしくなって帰ってきてちょうだい」

お母さんはビシバシよろしくお願いしますとリヴァイさんに深々と頭を下げた。

「ええ」

リヴァイさんはニヤリと笑うと、ガタガタとシフトレバーを動かし、車を発進させた。


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