茶の道は1日にしてならず8
朝日を吸い込み眩しい程に白い障子が縁側に整然と並び、奥へ奥へと続いている。
ブリキのバケツにじゃぷじゃぷと音を立てながら、私は大きく欠伸をした。
この家ではかなり年季の入った雑巾用のバケツさえ、私の目には由緒正しく映る。
大きな中庭を臨む立派な縁側には恨めしい程の夏の強い日差しが反射して床板がぴかぴかと綺麗に光るので、果たして私がここを雑巾がけする意味が本当にあるのだろうかと再度、考えた。
けれど仕方ない。これはあのナナバさんから仰せつかった私の大切な使命だ。
雑巾を絞るとそれを広げ床へ置き、私は綺麗なクラウチングスタートを切った。
だだだだ、と威勢の良い音が縁側に響く。
この長い縁側を駆け抜けるのは意外に疾走感があって気持ちいい。
リズミカルに2往復目を終えた時、真横の障子がスパァアアアアンと勢いよく開けられた。
こんなにも気持ち良く障子が開けられた音を、私はいまだかつて聞いたことがない。
同時に、(う)るせぇ!!と怒声が響いた。
思わずひっと声を上げそちらを見れば、縁側にうだうだと溜まる暑苦しい空気を真っ二つに切り裂くように颯爽と開けられた障子の向こうには、基本怒っている怖い怖いリヴァイさんが鬼の形相で仁王立ちをしていた。
そのもの凄い形相とは裏腹に、リヴァイさんはとても綺麗に和服を着ている。
それはこの世の暑苦しいもの全てと縁を切ったかのようなリヴァイさんが着ていたからかもしれない。グレーに近い黒色で、鈍い光沢のある掠れ感のある生地でできたその着物は、この夏の見本のような日に見ても涼しげに見えた。
さらっと着こなされているけれど、私から見ても、みるからに質が良さそうで、高そうな着物だ。
リヴァイさんは小柄な割にがっしりとした体つきをしているのだが、肩口が狭いからか、その古典的な(かりあげくん風の)髪型のおかげなのか、和服姿がとても似合っていた。
ただ、彼が手にしている淡いピンク色をしたふわふわのハンディワイパーだけが、不釣り合いだった。

「おいバイ菌・・・さっきから見てりゃてめぇ、何て舐めた掃除をしてやがる」

何ということだろう。障子に目ありとは、リヴァイさんのことだったのだ。私の無防備な姿をあの恐ろしい顔で盗み見ていただなんて、何て恐ろしい。
ええ?と私が戸惑ううちに、リヴァイさんはその足袋ですうっと敷居の縁をなぞると、少し足の裏を内向けて、そこを眺めた。
それはごく静かな動作だったのだけれど、その結果起こった恐ろしい光景を、私は見てしまった。
足袋の裏を見たリヴァイさんのこめかみにくっきりと青筋が立てられた、世にも恐ろしい瞬間を。

「縁側の隅の埃は取れていない。障子の桟も拭いていない。そもそも何だ、てめぇの雑巾がけは。やる気あんのか?お前は運動会か水浴びでもしてるつもりなのか?黙って見てりゃ適当に雑巾広げて走り回りやがって・・・朝からバタバタうるせぇんだよ!縁側の雑巾がけは障子の埃を落としてからやるのが当然だ。そして雑巾は水拭きと乾拭き用二種類を用意し二つ折りにして30cm間隔で区切り磨いていくのが常識だろうが!大体お前、しっかり雑巾の水を絞らねぇから廊下がビショビショなんだよ!!」

わなわなとその神経質そうな唇を震わせながらそう言ったリヴァイさんは静かにどこからともなく取り出した三角巾を着け素敵なお召し物の上に純白の割烹着(フリル付)を装着する。
リヴァイさんの割烹着姿はかなりの笑撃いや衝撃で思わず吹き出しそうになったのだけど、若い身空まだ命が惜しい私にはとてもそんなことはできなかった。
そしてリヴァイさんは彼とは対極のところにあるふわふわなやさしいピンク色のハンディワイパーをリズミカルに動かし始めた。

「見ていろバイ菌野郎。桟てのはこうやって埃を取るんだ。そして綿棒で埃や汚れの溜まりやすい隅までしっかりとケアをする。最後に仕上げとして再度ハンディワイパーで全体の埃を落とすんだ。いいか、間違っても水気のある物を使うんじゃねぇ・・・カビや変色の原因になるからな。てめぇのゴミ溜め部屋みたいにカビが生えちゃ堪らねぇ」

リヴァイさんはてきぱき手際よく掃除を進めていく。
私は素直に「何故私の部屋にカビが生えていることを知っているのですか」とリヴァイさんに聞ける程頭が悪い訳ではない。
そもそも私の目にはリヴァイさんが今ダンスでもするように滑らかに掃除をした障子はまっさらで埃一つ無いように見えていたし、さっきそれを見てリヴァイさんが青筋を立てた足袋の裏だって真っ白で埃が着いたようには全く見えなかった。
現にこの縁側は私が掃除する必要があるのかと思えるほど最初からぴかぴかだった。
だからきっと、潔癖症で神経質なリヴァイさんは私には見えない何かが見える能力をお持ちなのだ。
もしくはリヴァイさんの目はミクロまで見える顕微鏡のような超人的な機能を持っているのかもしれない。
あっという間に障子の埃を落としを終えたリヴァイさんは、今度は静かに雑巾を手にした。

「もう一枚、乾拭き用の雑巾を持ってこい」

さっさとしろ俺は気が短い、とリヴァイさんはやっぱり青筋を立てたまま私にそう言ったので、私は「ひっ分かりました」とやや食い気味に返事をし、ナナバさんから掃除道具を受け取った部屋へとダッシュした。


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