からかうんじゃないよ


「また呼び出しぃ?ホントに懲りねーな、なまえ」
「別にぃ・・・。じゃ、また後で」
「いつものとこね。また学校出るときLINEして」

陽に透ける、彼女の明るい色の髪が揺れる。
なまえは皆に背中を向けると、片手を上げて2回、ひらひらと振った。
ついさっき放課後になったばかりの廊下は、生徒達の賑やかな声で溢れている。
一週間が終わった開放感を顔いっぱいに浮かべて教室を出、玄関へ向かっていく生徒たちとは逆方向の校舎の外れへ、なまえは足を進めた。
途中、顔見知りの先輩カップルとすれ違いざまに目が合ったので会釈をすると、「なまえ、また呼び出し?」と彼女の方に笑われる。
隣に並ぶ彼氏の方は、なまえの学年でも人気の先輩で、カッコイイ。
彼にもハハ、と笑いかけられたので、なまえは赤面した。
サッカー部のエースでその上さわやかでカッコイイ、漫画に出てくるような先輩と、そのマネージャーの美人で有名な先輩。
仲良さそうに連れ添って歩く姿を振り返って、いいなぁとなまえは唇を尖らせた。
呼び出された部屋にたどり着いて小さくため息をついてから、誰もがそこを潜りたがらないだろう銀色の室名札を見上げる。
よし、と気合を入れると、なまえは生徒指導室のドアを開けた。

「エルヴィンせんせ。どーもお待たせ」

顔だけ振り向いて入ってきた生徒の顔を確認すると、生徒指導のエルヴィンは「そこに座れ」と言った。
はーい、と軽い返事をして、なまえは窓際にあるエルヴィンの机の隣に置かれている椅子に腰掛ける。
古い椅子は、狭い生徒指導室にキシ、と年相応の古ぼけた金属の音を立てた。
教室と違って窓が一つしかないこの狭い部屋には午後の暖かい日差しがいっぱいにためられて、学校独特のにおいと一緒に生温かい空気が充満している。
エルヴィンは目の前にある窓を少しだけ開けて、腰を下ろした。
隣に座るなまえがリラックスした様子で足をブラブラとさせて彼を見つめるので、エルヴィンは力なく息を吐き、呆れ顔を浮かべた。

「みょうじ、分かってるのか?ここは生徒指導室だぞ。カフェでもなければファミレスでも公園でもない」
「何言ってんの?当たり前じゃん」
「・・・お前、もう少し落ち着けないのか?どれだけ指導してると思ってるんだ・・・髪も一向に黒くしない、うちの制服はお前が着けてるようなリボンは指定じゃないし、紺色のハイソックスも違反だ。スカートの丈だって短すぎる。膝上何センチだ、それは」

ベラベラと口うるさい言葉を並べたてられて、なまえはうんざりしたようにエルヴィンの机に両肘を乗せて、頬杖をついた。

「・・・だってダサイんだもん、うちの制服。こっちの方が可愛いじゃん。先生だってスカート短い方が好きでしょ?」
「お前のスカート丈が短くて私が喜ぶことは無いな」
「ウソ。リヴァイ先生が、エルヴィンは露出の激しい派手な女が好きだって言ってた」
「リヴァイ先生の適当な冗談を鵜呑みにするんじゃない。とにかく、男の私の目から見たってお前のメイクは派手すぎる。睫毛まで着けて。もっと高校生らしくしなさい」
「この間先生に怒られたから、つけまはナチュラルなやつに変えたんじゃん。ほら」

カチ、と手にしていたボールペンをノックして芯を中に入れると、エルヴィンは呆れて目を細め大きなため息をついて、ペンを机に転がした。
なまえは転がったペンにちらりと視線を移したが、すぐにエルヴィンの顔に視線を戻した。

「話にならないな。お洒落をしたい気持ちは分からんでもないが、高校を卒業してからでも遅くないはずだ。まぁ、遅刻や欠席はないのがお前の偉いところだが。お前は勉強をする為にこの高校に入ったんだろう」
「別に・・・高校入るのって当たり前のことじゃん。だから入っただけだし」
「いい加減にしなさい。これだけ再三生徒指導室に呼び出されて懲りないのは、お前だけだ。部活に打ち込む訳でも勉強に熱心な訳でもない。お前は一体ここで何がしたいんだ?どうして私の言うことを聞いてくれない?みょうじ」
「・・・・・・・・・」

彼女はしばらく視線をエルヴィンから外して、目の前の机の上を眺めていた。
先程まで普段と変わらない表情だった彼女の顔は少しムッとしているようにも、真剣な顔をしているようにも見えた。
そうして黙り込み少し考え込むようにした後、なまえは頬杖をやめ机から肘を下ろすと、キシキシと音を鳴らして椅子を回転させ、体ごとエルヴィンを向いた。

「・・・先生に、怒られたいから」

なまえの瞳はしっかりとエルヴィンを見据えている。
エルヴィンは彼女を叱る為の表情を全く変えない。

「エルヴィン先生に、怒られたいから」
「おかしな奴だな。怒られたくない生徒なら沢山いるだろうが」

繰り返したなまえに呆れ顔でエルヴィンは椅子の背もたれにもたれかかった。
その反応が不服だったのか、なまえは身を乗り出して、静かに続けた。

「好きだから」

その言葉にやっとエルヴィンは表情を変える。
でもそれは、彼女が期待したような顔ではなかった。
確かになまえは彼を驚かすような言葉を発したはずなのに、エルヴィンの顔はそれまで通り、問題児を前にした教師の顔でしかない。
エルヴィンは怒られるといつも適当な言い訳をしてはぐらかす彼女をたしなめる時と全く同じ表情で背もたれから体を離すと、あのな、と言った。

「みょうじ。私を好きなら、私が喜ぶと思うことをしろ。好きな相手に怒られるようなことをすれば、嫌われこそすれ、好かれはしないんじゃないか?」
「・・・褒められたって、先生と二人きりになんてなれない」

確かに生徒指導で教師と生徒がこうして隔離された場所で二人きりになることがあっても、生徒が教師に褒められる時、わざわざその為に教師と生徒がこうして隔離された空間で二人きりになることはないだろう。
大きく息を吐き出すと、エルヴィンは諦めたように、再び背もたれに背を預けた。

「本当に困った奴だ」
「・・・はぐらかさないでよ、先生」
「どっちが話の本題をはぐらかしてるんだ」
「告白したのに」
「告白されたってどうしようもないだろう。お前は生徒で私は教師で、そもそも高校生は私の守備範囲じゃない」

ひどい、と俯いたなまえが小さく言った。
しゅんとしている彼女を見るのは初めてだったので、エルヴィンは彼女の様子を眺めてふっと笑った。

「単にお前の通ってる学校の教師でしかない私にどうしてほしいって言うんだ、みょうじ?」

ふてくされたように、それとも泣きそうなのを堪えるように、なまえは顔を歪めてエルヴィンを見た。
やっぱり彼は余裕の表情で、今までここで自分を指導していた時と全く変わらない。
むしろ、意地悪い笑みを浮かべている様にさえ見える。
なまえにとっては、一世一代の告白をしたというのに。

「・・・キスして」

口からこぼれるように、ぽつ、となまえが言った。

「キスしてくれたら、髪も黒く染めるしもう少し制服の着方も気を付ける」

今度はしっかりとエルヴィンの目を見て、なまえは言った。
一回り以上年の離れているエルヴィンからしたらほんの小さな世界でしかないのかもしれないが、なまえの世界では、今彼女の人生を揺るがすような一大事が起こっているのだ。
それをやっと、少しでも理解してやるつもりになったのかもしれない。
彼女に思いつめたような顔でじっと見つめられたエルヴィンは、少しの間を置いて、浮かべていた余裕の笑みをすっと消した。

「いいだろう。お前の言う通りにしてやるよ。だから、みょうじ。お前は今の言葉をちゃんと守るんだ・・・いいな?」
「・・・・・・!」

キュキュ、とエルヴィンの掛けている椅子の滑りの悪いキャスターが音を立てて、なまえに近付いてきた。
二人の椅子が限界まで近付くと、彼は机に手を置いて、ゆっくりとなまえに顔を近付ける。
いいだろうなんて、言われる訳ないと思った。
あまりにも悔しかったから、少しでも彼を困らせてやろうと思ったのだ。
驚きのあまり、「ほんとに?」と聞き返すことすらできなかった。
まさかエルヴィンの口から了承の言葉が出るとは思わなかったなまえは、顔を真っ赤にして固まった。
短いスカートから覗く太腿の上に一瞬で汗が握られた両手を置いて、コチコチに硬直している。
なまえは息苦しく胸を動かしながら、ぎこちなく綴じた目を更に強く、ぎゅっと綴じた。

「・・・・・・・・・・・・!!!」

お互いの鼻が触れそうになった時、なまえの鼻をきゅっとつまんでエルヴィンは笑った。

「なぁ、みょうじ。自分で言ったくせに、何“ヤバイ”って顔してるんだ」
「!!」

エルヴィンの台詞に、なまえは跡がついてしまうんじゃないかと思うくらい強く綴じていた目をぎょっと開いた。
まだ彼の顔は間近にある。
いつもなら口答えしそうなものだが、なまえは真っ赤な顔のまま目を白黒させた。

「大人をからかうんじゃない」

そう言うと、エルヴィンは燃えるように熱くなっているなまえの頭を上からぽん、と叩いた。


(――――からかったのは、先生の方でしょ?!)


まだ声を出すことのできないなまえは心の中でそう叫んだけれど、決して悪い気はしなかった。
だって、そう言って自分の頭を叩いたエルヴィンが、少しだけ、自分にオトコの顔を見せたような気がしたから。



おわり


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