茶の道は1日にしてならず7


見習いは明日からということでナナバさんが作ってくれた「ささやかだけど」と言ったはずのその日の夕食はとても豪華で、おじさま、エルヴィンさん、ナナバさんで私の歓迎会をしてくれた。
優しくてあたたかい3人とにこやかに食卓を囲ませてもらって、私はとても幸せな気持ちになった。
降って沸いたようなホームステイに、恐ろしいリヴァイさんとの出会い。
朝、不安な気持ちいっぱいでリヴァイさんの車の助手席に座っていたのが随分前のことのように感じられる。
怖いリヴァイさんは今夜、先約があったとかでこの場にいない。
目の前の空席をちらりと見て、私はこっそり喜んだ。

夕食後、私は与えられた部屋に戻り、ベッドに寝そべった。
久しぶりに携帯を取り出すとLINEの通知が56件、うち半分以上は母親からで、「あちらには迷惑を掛けないように」「部屋を毎日整理しなさい」「やりすぎなくらい礼儀正しくして丁度いい」などとやかましい言葉が画面を埋め尽くしている。
よく一方的にここまで小言を送れるな、と、私はぞっとした。
よっぽど私の事が信用できないのだろう。
だったら最初からこんな身の程知らずなこと、図々しく頼まなければ良かったのに。
うんざりとした気分で私はモアイみたいな顔をしたスタンプを1つ、返した。
ベッドに転がりながらダラダラとテレビのチャンネルを変えていく。
ゲストルームにもテレビが備え付けられてるなんてさすがだ。
目に映るテレビ番組は自分の家で見ているのと確かに同じはずなのに、この家で見るそれは何だか少し違うように見える。
私に与えられたこのゲストルームはとても立派な広い部屋で、ベッドだって漫画と服と鞄に押し潰されていた私の部屋のベッドと全然違って大きくてフカフカだ。
フローリングもピカピカで、クローゼットだって私の部屋のクローゼットの3倍以上あるだろう。
クローゼットの大きな引き出しには、さっきナナバさんが洗濯・乾燥の後綺麗に畳んで持ってきてくれた私の服たちがそのまま入れられていて、その隅には申し訳なさそうに、リヴァイさんに消毒されやっと乾いた可哀想な私のトランクが置かれている。
つまり今、私の持ってきた全ての手荷物はクローゼットの中に収まり、見た目とても綺麗な状態の“自分の部屋”に私はいる。
できればなるべく今の状態を維持したいなぁと、私は思った。

大して面白い番組もやってないのでぼんやりテレビ画面を眺めていた時ドアが不意にノックされたので、私はベッドから飛び起きた。

「おい・・・オレだ」

“オレだ”!
その声と、この家に似つかわしくない不躾で無愛想な台詞。
確かに名乗られずとも誰だか分かる。
でも、今日出会ったばかりの相手に掛ける言葉だろうか。
私は彼の妹でもなければお母さんでも恋人でも嫁でもない(うわっ。最後2つ、言葉を並べただけでも怖い)。
できればそれは、この家で一番会いたくない人だというのに。
彼の縄張りではさすがに居留守も使えない。
私は怯えながらも恐る恐る、ドアを開けることにした。

「・・・お・・・おかえりなさい」

僅かな抵抗として10cm弱開けたドアの隙間から外を覗いてみると、やっぱり声の主はリヴァイさんだった。

「・・・まだゴミ溜めになってねぇだろうな、この部屋は」

そう言うとリヴァイさんはドアを強引に開けてきたので、私は部屋の中に押し戻される形で自動的によろよろとドアから離れる。
完全にドアを開けたリヴァイさんは、手に提げていたらしいビニール袋を私に放ってきた。
わっと小さな声を上げながら、それをキャッチする。

リヴァイさんが怖いからと、反射的に避けなくて本当に良かった。
それはガサ、と音を立てて私の胸に収まった。
訳が分からず、私はリヴァイさんを見る。

「食うのは勝手だが、カスを落とすんじゃねぇ・・・絶対にだ。いいな」
「は・・・?」

やっぱり意味が分からなくて聞き返したつもりだったのに、リヴァイさんはそれだけ言うとドアから手を離し、背を向けた。
ドアは自然に閉まっていく。
私はリヴァイさんの小さな背中を見た後、胸に収まっているビニール袋を開けてみた。
見覚えのある、鮮やかな黄緑色が覗く。

「!」

中にはカールが3袋、入っていた。
驚いて、閉まる寸前のドアを引き戻し、開ける。
部屋から飛び出しリヴァイさんを追って玄関に続く廊下に出た瞬間、飛んできた黄色い声に私は固まった。

「リヴァイさん、早くぅ〜!」
「もう、お店予約してあるのにぃ」

2人の見知らぬお姉さんがきゃぴきゃぴと跳び跳ねながらリヴァイさんを待ち構えていた。
どちらもとてもお洒落に着飾っていて、モデルさんのように可愛い。
あぁ、と全く変わらぬ様子でそっけなく返事をしながら、やっぱり変わらぬ様子でゆっくりとリヴァイさんは玄関へ歩いていく。
私は呆然とそれを見送った。

「なまえちゃん?」

はっとして振り返る。
ナナバさんだった。
私がナナバさんを振り返ったと同時に、お姉さんたちの黄色い声に囲まれながら、リヴァイさんは玄関から出ていったようだ。

「あ、あの・・・」
「あぁ、リヴァイ?ああ見えて、意外とモテるんだよ。ああやって色んな女性が家に来たりするけど、気にしないでね」
「はぁ・・・・・・」

あのリヴァイさんが、モテるだって・・・?
あんなに怖くて、刈り上げで、身長だって低いし、極度の潔癖症っぽいし、面白いこと言えなさそうだし、失礼だし、やさしさの欠片も――――
その時、私の腕の中のカールがガサ、と音を立てた。

(・・・少しは、リヴァイさんにも人の心があるのかもしれない)

そう、たぶんこのカールは、リヴァイさんが昼間に私の持ってきたカールを消毒液か何かで濡れカールにしてしまったお詫びの品なのだ。
怖い怖いリヴァイさんが完全なる鬼ではないことを確認して、私はカールを1つ、取り出した。


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