お手上げです(仮)


“緊急に付き合ってもらいたい重要な案件がある。今から送る住所まですぐ来てくれ”

休日の朝6時前、リヴァイはエルヴィンからの着信に飛び起き何事かと急ぎ支度をして駆けつけると、呼び出した大男は朝方の街角にできている長い行列の前方で白い息を吐きながら、マフラーに顔を埋めていた。

「おはよう、リヴァイ。寒いのに悪いな」

にこりと笑ったその顔はいつもと同じで険がなく、とても外面がいい。
けれど、“悪い”と思っているようには全く見えない。
彼の防寒対策バッチリでカジュアルな格好をまじまじと眺めてから、この寒い中、体面重視のスーツにコート、マフラーの軽装備で現れたリヴァイは思いきり顔をしかめた。

「・・・おい、これはどういうことだ。エルヴィン」

恐らくエルヴィンでなければ、尋常でないその恐ろしい表情に、食い気味に「ごめんなさい」と叫んでいただろう。

「知らないのか?リヴァイ。ここのお菓子は近頃えらく評判でね。開店と同時に売り切れてしまうんだよ。この時間から並ばないと買えないんだ」

仕事のトラブルか、何かの緊急事態が起こったと思ったからリヴァイは朝早くのエルヴィンからの電話にも二つ返事で分かったと答えたのだ。
何か重要なことが起きたと思ったから、彼の安らぎの時である休日の優雅な朝の時間の犠牲を厭わず、急ぎスーツを着てここまで駆けつけたのだ。
全く、理解不能。リヴァイはエルヴィンが一瞬どこか違う国の言葉でも話したのかと思った。
もしくは、エルヴィンはリヴァイの質問が聞き取れなかったか、どちらかだ。

「まさかとは思うが、この行列にオレを並ばせる為に休日のこのクソ寒い朝に寝ていたオレを呼び出した訳じゃねぇだろうな?」

静かに青筋を立てるリヴァイにエルヴィンはやはり穏やかに笑うと、「そうだ」と全く悪びれることなく答えた。

「なまえがこのお菓子をとても好きでね。でもなかなか手に入らないし、かといってなまえを行列に並ばせるわけにはいかない。だってこんな冬の早朝になまえが長時間行列に並んで風邪を引いたらいけないだろう?可愛いなまえが並んでいるうちにどこの馬の骨とも分からない男に声を掛けられてしまうかもしれない。親心だよ。分かってくれるだろ?リヴァイ。」
「だったらてめぇ一人で並べばいいだろうが。てめぇの娘が豚になろうが風邪を引こうがお前らの勝手だが、オレを巻き込むんじゃねぇ。オレは帰るぞ、下らねぇ」
「ダメだ、リヴァイ。このお菓子はお一人様一つと決められているんだ。私が2つ買って帰ったらなまえはどんなに喜んでくれると思う」

リヴァイは呆れて返す言葉も見付からなかった。

なまえというのはエルヴィンが溺愛している彼の娘だ。
小さい頃に身寄りがなくなった彼女を、親戚である彼が引き取って10年以上になる。
エルヴィンのなまえの溺愛ぶりは異常な程で、彼女が今どこにいるかを常にGPSで把握していないと不安で仕方なくなるらしい。
ちなみにリヴァイは毎日のようにうんざりする程なまえの話を聞かされているというのに未だになまえに会ったことがないから、なまえ自身が異常なまでに過保護なエルヴィンのことをどう思っているかを知らない。
男に一切接触させたくないが為になまえを小学校からエスカレーター式のいわゆるお嬢様学校に入れたエルヴィンからすれば、リヴァイさえも“悪い虫”であるようだ。

「ありがとう、リヴァイ。お前のおかげでなまえの更に喜ぶ顔が見られるよ」

休日朝早くに呼び出されて、家に帰っても寝るだけだ。
仕方ないので結局エルヴィンに付き合って行列に並んでやることにしたリヴァイは、目的の菓子を手に入れてほくほく顔のエルヴィンにますます辟易した。

「いいか、エルヴィン。二度とお前の家庭の下らねぇ事情にオレを巻き込むな。いいな」
「本当ならお礼にこの美味しいお菓子を食べに家に寄ってくれと言いたいところだが、リヴァイ。悪いが可愛いなまえに会わせてお前が彼女に一目惚れするといけないからな。また後日、埋め合わせはしよう」

ダメだ。この男には言葉が通じない。

リヴァイはこれ以上エルヴィンと会話をするのは諦めた。
そして今後、エルヴィンからの休日の着信には一切出ないと強く心に刻んだ。


おわり


back
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -