私と彼女のひみつ


「・・・いるの、分かってるよ」

私はグズッと鼻をすすって、すっかりふやけてしまった指でもう一度涙を拭いた。
もう少し前から彼女の気配には気付いていたけど、しばらく黙っていた。
だって、みんなに泣き顔を見られるのが嫌だから隠れて泣いてるってのに、いつも彼女はわざわざ私を見つけにくるんだもん。

「・・・ごめんね、なまえ・・・」

そう言うと、暗闇から姿を現したクリスタはそっと私に近寄ってきて、隣に腰を降ろした。

「何でクリスタが謝るの・・・私がダメだから、怒られただけな・・・」

怒られただけなのに、と言いたかったけど、言い出したらまた泣けてきてしまった。
ふぇーん、と情けなく子供のように私は涙を流す。
クリスタはその小さな手で、私の背中をやさしくさすってくれた。

私は104期訓練兵の正真正銘の落ちこぼれで毎日毎日教官に怒られて、悪い意味ですっかり同期の間で有名になってしまった。
そもそも世間体のために訓練兵に志願したようなものだったけど、仲間ができるうちに本当に兵士になりたいって気持ちが出てきて、でも現実は全然上手くいかなくて。
最近は本気で生産者になった方がいいんじゃないかと思ったり、いや、巨人に食べられる皆の盾にでもなれればそれだけでも価値があるかななんて思ったり、・・・まぁとりあえず自分に絶望している。
毎日飽きもせず教官に怒られてたら慣れてしまうかというと全然そんな事はなくて、毎回毎回、弱い私はいちいちすごく落ち込んで泣きそうになる。
でも皆の前では絶対泣いちゃダメだって分かってるから、本当に辛い時だけ、私は誰にも見つからなさそうな場所を探してはこうして1人で泣いていた。

「大丈夫だよ、なまえが一生懸命頑張ってること、皆分かってるから・・・」

何かすぐにでも壊れてしまいそうなガラス細工にでも触るようにやさしく背中を撫でながらクリスタがそう言ったので、私はますます泣いた。
とことん悲しい時って、嬉しい涙も簡単に出てしまう。心が弱って、涙のハードルが下がっているに違いない。

「ありがと、クリスタ・・・でもさ、何でいつも私が泣いてるのとか、隠れてる場所とか、分かっちゃうの・・・?」

実は、クリスタは普段ユミルと一緒にいるし、私だって違う子たちと一緒にいる。
クリスタと私がこうして二人になるのは、私がこうやって1人で泣いている時だけ。
考えてみれば不思議な組み合わせだと思うし、皆が知ったら意外に思うかもしれない。

「誰にもさ、見つかりたくないからこうやってさ、誰にも見つからないような場所を探して1人で泣いてるのにさ、いつもクリスタに見つけられちゃってさ・・・。まぁ、クリスタは皆にそうしてるのか・・・」

半ば拗ねるように独り言みたいにそう呟いた私は、もう涙を拭いすぎてパンパンに腫れている瞼を押さえた。
夜で良かった。
今日は月が出ているとはいえ、このひどい顔は昼間ほどには見えないだろうから。

「・・・・・・私になまえが泣いてるのが分かるのは、なまえの居場所を見つけられるのは、・・・私が、なまえを好きだからだよ」

目を押さえていた手を外し、クリスタを見る。
だって今の彼女の言葉ってば、何だかとても意味深な響きに聞こえて―――――。

「あ・・・う、うん。私も、好きだよ・・・クリスタのこと」

(そういう、意味だよね?)

心に感じた違和感は、きっと気のせいだ。
私は自分の心に浮かんだもやっとしたものを誤魔化すように答えた。
クリスタから泳がした目を目の前の風景に戻すと、地面につけていた手にそっと、ヒヤリとして柔らかな感触がした。

「・・・・・・!」

平静を装うとしていてたのに、思わず、ぴく、と体が動いてしまった。
私の左手は、今、確かにクリスタの手に触れられている。
さっき誤魔化したつもりの違和感が確かなものになってしまうような気がして、私はただ何もできず、こく、と喉を鳴らした。

「違うよ・・・なまえ。なまえが言ってくれた“好き”と、私が言った“好き”は違う」
「ク・・・クリスタ、一体何言って――――」

何を言えばいいか分からない。
ただ誤魔化そうとそう言ってクリスタの方を見たとき、私の目の前には、クリスタの綺麗な綺麗な顔があった。
月明かりに照らされた水色の大きな瞳は、きらきらと宝石のように輝いて、とても綺麗。
彼女の透き通るような白い肌は、神秘的にさえ、私の腫れぼったい目には映る。
私は何も言えず、ただ、彼女の大きな瞳に捕まえられてしまったように、動けない。
何秒も、何十秒も経ったような気がするけど、実際にはコンマ零秒くらいの時間だと思う。
戸惑う私にクリスタの顔がすうっと近付いてきて、少し震えていた私の唇に、彼女の小さくて冷たい唇が触れた。

「――――こういう、意味だよ・・・」

クリスタはその大きな瞳で私にもっと大きな何かを訴えるように、私をまっすぐに見つめた。
多分、いま私の心には何か妖しげな物凄い渦のようなものができて私を飲み込もうとしているのだけど、私は何も言葉にすることができない。
ただ不安げにクリスタの目を見つめ返すことしかできない。
“どうしよう”、そう私の目に書いてあることは、クリスタにもよく分かったはずだ。
でも、クリスタは私を捕まえるように見つめる瞳を逸らすことはない。
私の左手に触れていた手をそっと離すと、クリスタは私の肩にその手を置いた。
そして、クリスタの顔が近付いて来る。
やがて彼女の顔は横向けられ、私の胸に当てられた。ふわり、とした感触と、クリスタの、甘いにおい。
私の心臓は自分でも心配なくらい、ドッ、ドッ、と音を立てた。
体には冷や汗が滲んでいる。
冷たい夜風で体の表面はとても冷たく感じるのに、どうしようもなく落ち着かない体の中は、とても熱く感じた。

「・・・おかしいでしょ?女の子が女の子に恋してるなんて・・・。・・・何でかなんて、分からない。でも、いま私に聞こえるあなたの心臓の音さえ、私には愛しくてたまらないの」

静かに、けど、力強く話す彼女の言葉の一つ一つが、私の心臓をぐっと握って、今まで感じたことのない痛みを起こさせる。
目の前にあるクリスタのまばゆい金色の髪は、月明かりに照らされて柔らかく輝いていた。

「好きなの、なまえ。どうしよう」

クリスタは私の胸にすがるように、その小さな頭をすりつけた。
もう涙はとっくに引っ込んでしまって、今夜私が泣いていた理由さえ、どこか遠くにいってしまったようだった。
夜風がぴゅうと私達を掠めるように通り過ぎて、私の頭を冷やしていく。

「・・・そんなの、分かんないよ。クリスタだって分からないって言ってるのに」

しばらくの間を置いて私がやっとの思いで出した答えに、まだ私の胸にもたれているクリスタは、「なまえのそんなところが好き」、と笑った。

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