この浮き沈みの激しい業界で、ナンバーワンの名をほしいままにしているホストクラブがある。

“ホストクラブ・自由のツバサ”。

かつてナンバーワンホストとしてその名を轟かせていたエルヴィン・スミスがオーナーだ。
そこにはエルヴィンに見込まれた、今や人類最強ナンバーワンホストと名高いリヴァイを始めとした個性的で魅力的なホストが多数在籍している。

「やぁ、なまえ。相変わらず綺麗だ。忘れられてしまったのかと思ったよ。」

エルヴィンの言葉に、なまえは眉根を寄せて大きくため息をつく。

「イヤだわ、エルヴィン。私はこの店の為に日々働いてるわけじゃないのよ」
「分かってる。君はモテモテだからね。仕事でも、プライベートでも。さぁ、こちらへ」

広くきらびやかな店内を彼女の定席へと案内され、なまえはその座り心地の良い革張りのソファに腰を下ろした。

「今夜は私でもいいかな?それとも、あいつの方がいいかな?」
「相変わらずね、エルヴィン」
「ごめん、冗談だよ。また後で」

エルヴィンは白い歯をちらりと見せにこりと微笑むと、なまえの肩を右から左へと撫でるようにしながらテーブルを離れていった。
それから少しして、ミケがなまえのテーブルへ現れた。
たくましい胸元が映える仕立ての良いタイトなスーツに、他のホストは殆ど生やしていない、髭。
この彼の出で立ちが、彼の客たちにはたまらなくセクシーに見えるらしい。

「久しぶりだな、なまえ。忘れられたのかと思った」
「・・・この店では少し客が来なくなるとそう言えとでも教えられてるの?」

隣に座ったミケに、なまえは憚らずに呆れ顔をした。

「?まぁ、いい。いつものでいいよな?」
「ええ」

ミケはロックグラスに氷を入れると、彼女のボトルを慣れた手つきで開けた。
彼女に尋ねることなく、彼女好みの水割りを作る。

「もらっても?」
「聞かなくていいわよ、面倒くさい」

どうも、と言うとミケは自分の分の、濃い目の水割りを作り始めた。
うすい琥珀色のグラスの下に、少し濃い琥珀色のグラスを傾け静かに二人は乾杯をする。

「最近、どうしてた」

なまえのグラスについた水滴を拭きながら、ぽつりとミケが尋ねた。

「別に、変わりないわ」
「・・・他の男の匂いがするな」
「・・・あなたには、関係ないでしょ」
「・・・そうだな」

しばらくの沈黙の後なまえはその強いまなざしでミケを真っ直ぐ捉える。
ミケはその瞳をじっと見つめ返し、二人はしばらく見つめ合っていた。
――――彼女の瞳が揺れている。ミケは思った。
いつも強気な彼女は、絶対に自分の弱みを見せない。どんなに酒に酔っていても、ほんのわずかでも。
自分に注がれているその彼女の瞳がいま、確かに不安げに揺れている。

「なまえ」、とミケが彼女の名を呼ぼうとしたとき、なまえは彼にそっとしなだれかかった。
彼の胸元に触れて、そこへ顔を寄せる。
なまえはジャケットの上から彼のたくましい胸元をゆっくりと手でなぞり、その穏やかな心音に、耳をすました。

「・・・ねぇ・・・、ミケ。私が来なくて、さびしかった?」
「ああ」
「・・・ウソばっかり」
「・・・お前らしくないな」
「・・・そうね」

こうして店内で客がホストに抱きつくようなことは割とよくあることなのだけれど、それは同じフロアに自分担当のホストの他の客がいることを考えればマナー違反であって、おおっぴらにこうした行為をする客はいわゆる“痛客”と呼ばれている。
昔からの馴染み客であるなまえはそうしたマナーを心得ている“質の良い”太客(*大金を落としてくれる客のこと)でありホストとは一線を引いて付き合えるタイプで、ミケにしなだれかかかるようなことも、ましてや抱きついたりするなんてことも、今まで一度もしたことがなかった。
なまえはふっと鼻で笑うと、彼から離れ、何事もなかったかのように座りなおした。
グラスを傾け、きらびやかな店内を見渡す。
ミケは彼女のグラスが机に置かれると、それを取り、2杯目の水割りを作り始めた。



4杯目の水割りを半分残して、なまえは店を後にした。
エレベーターの下まで見送りに来たミケは、辺りを見回した後、なまえをじっと見つめた。
街のネオンを背に彼女はいつものように「じゃあ」と別れの挨拶をしミケに背中を向けたが、不意にその腕を彼に掴まれ建物の影へと連れ込まれる。
あまり急に腕を引かれたので彼女はバランスを崩してミケの腕を掴んだ。

「・・・何よ」

彼の腕から手を離ししっかりと立つと、顔をしかめてなまえはミケを見上げた。

「・・・別れたのか、・・・あの男と」

見上げた瞳は一瞬動揺したように大きく見開かれ、そして、伏せられた。
ミケは一歩彼女に近付くと、そのまま自分に引き寄せるようにして彼女を抱き寄せた。

この街独特の喧騒が二人を包む。
客引きの声、騒がしく交差する人群れの声、どこからともなく聞こえてくるいくつもの割れたような音の音楽、遠く聞こえるサイレン。
通りを行くタクシーのヘッドライトが建物の影に隠れる彼らを一瞬照らし、過ぎていった。

「・・・・・・一度寝たからって、自惚れないで」

やっぱり筋肉質でたくましい彼の腕の中で、なまえはいつもと変わらない様子で答えた。
ミケは胸元におさまるなまえの背中を大事そうに抱え、剥き出しのコンクリートの壁を眺めながら、ゆっくりと口を開く。

「そしたら・・・オレのになれよ」
「バカじゃない、ホストの言葉を私が本気にするとでも思ってるの」

その言葉に彼女を抱きしめたままミケはしばらく黙っていたが、やがてこらえきれないように、小さく笑い出した。

「・・・何笑ってるのよ、変な人」

くっ、くっと喉を鳴らして笑うミケに、彼の腕の中でなまえは呆れ顔で言った。

「知ってただろ、そんなこと。オレが笑ったのは、お前が思った通りの答えを言うからだ」
「そんなにおかしい?でも、そうじゃないの」
「本気だ、オレは。鍵を渡すから、オレの家で待っててくれよ」
「もうあまり失望したくないの、恋愛に。遊んでいられる年齢でもないわ」
「・・・そうだな、でも、」

ミケはその大きな手で、自分の胸におさまっているなまえの頭をやさしく撫でた。
その手になだめられるように、なまえはゆっくりとその瞼をとじて、彼のたくましい体に身を預けるように体の力を抜いた。
強気な彼女が弱った姿を自分にわずかでも初めて見せてくれたことを、そしていま素直にその頭を自分に撫でられている姿を、心から愛しく感じる。
自分の本当の気持ちが伝わらなくても、彼女が本気にしなくても、いい。それでも今、彼女のそばにいたいと思う。

なまえは彼のあたたかなぬくもりと鼓動を噛み締める。
そして彼女は、とじた瞼をうすくあけた。
その瞳があつく、微かに揺れ始めてしまったから。

視線を交えずに二人は、お互いを思い、感じ、近くにいるような、遠くにいるような、捕まえているような、捕まえていないような、頼りなく二人を繋ぐ糸をたぐり寄せようとしていた。


――――そう、

だから、


せめて今夜だけでも。


( で き れ ば 君 の そ ば に い さ せ て

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