二人きりでしばらく話しているうちに、つい、ふと、「好きだよ」と彼に言ってみたら、肩を並べて隣に座っていたベルトルトは黒目がちなその目を丸くして、私を見つめた。
驚いたみたい。

私とベルトルトはたまにこうやって夜二人でこっそり長話をしている。
下らないことから、勉強の事から、ちょっとした身の上話まで。
それなりに良い関係を築いてきた中で彼に対して自分の気持ちを隠してるつもりはなかったけど、気付いてもなかったんだね。
ごめん、とベルトルトは申し訳無さそうに、私から目を逸らした。
分かってるよと私が笑うと、彼はやっぱり申し訳無さそうに笑った。
だって、“彼女”のことが好きなんでしょ。

「ごめん。何か、つい口からポロっと出ちゃった」

そう言って、アハ、と私が笑うと、ベルトルトはつられて困ったように笑う。
二人の間を流れる微妙な空気をますます微妙にする何とも煮え切らない態度だけど、いかにも彼らしい。
彼を見てると心があたたかくなったり、きゅんとしたり、やるせない気持ちになったり、心配したり、あと、煮え切らない態度にムカついたり。
だけど私は、そんな彼が好きなのだ。
成績が良い癖にいつも自信無さげにおどおどと曇らせているその目とか、背が高いくせに気弱に丸められているその猫背とか、どうしたいのか分からない、“彼女”を目で追っているその視線とか。
そんな彼の一つ一つ全てが、私にとっては特別愛おしいものなのだ。
だから、自分の気持ちが叶わないこととか、そんなことは分かりきった上で、彼のことが好きで。

「なまえには、僕なんかよりいい人がいるよ」
「随分いい加減なこと言うね」
「え?」
「だって、いい人かどうかを決めるのはベルトルトじゃなくて私じゃん」

ベルトルトがやっと自分から口を開いたっていうのに、私は余計に彼に気を遣わせる様な事を言ってしまった。
まぁ、いいか。
だって私は、彼に意地悪をするのも好きだから。

そうだよねとベルトルトは苦笑いをした。

「そうだよ。だって私、“ベルトルトが好き、だから私と付き合って”とか、ベルトルトに何もお願いなんてしてないでしょ?」

そうだね。
静かにそう笑った彼の薄い唇には、少しまだ戸惑いが残っている。
一瞬何かに気付いたように動きを止めた後、ベルトルトは言った。

「だったら、なまえは何で僕に好きだなんて言ったの?しかも、今」

ベルトルトの癖に、その言葉は生意気に私を悩ませる。

「・・・そーだね。・・・・・・雰囲気かな・・・?」
「・・・・・・何それ」

ぷっと吹き出して、ベルトルトは笑った。
その顔が、いつもどこか表情が曇っている彼にしては珍しく本当に明るい笑顔だったから、私も何だか楽しくなる。
さっきまで二人の間に流れていた微妙な空気は、いつも二人でいる時と同じ、柔らかなそれに変わった。

ベルトルトが笑ってる。
それだけで嬉しくなるから、恋って不思議だ。

「確かに変だよね、私。何で今――――――」

笑いながらそう言って彼をもう一度見た時、すぐ目の前にはベルトルトの顔があった。

何でかは分からない。
ただその時、ベルトルトは不意に私の唇にその薄い唇を重ねた。
唇が離れてお互いの顔を見つめた時、ベルトルトは驚いたような表情を浮かべて急に真っ赤な顔になった。
私はそれに驚きぱちくりと瞬きをする。
ベルトルトからキスを、してきたくせに。

「・・・何で今キスしたの」
「・・・分からない」
「分からないじゃないよ、キスだよ?」
「なまえだって、雰囲気で僕に告白したって言ったじゃないか」

そうだけど、と言って私は眉根を寄せた。
元々何を考えているか分からない彼だけど、今の行動は特別分かりにくい。

「・・・今の、私ファーストキスなんだけど、」
「えっ!?」
「・・・って言ったらどうする?」
「やめてくれよ、もう・・・」

ベルトルトは見開いた目をほっとしたように綴じて、肩を落とした。
ふぅ、と大きく安堵のため息をつく。
その姿に、私は何だか面白くない気持ちになった。
さっきのは一体どういう意味のキスだったの?

「・・・何だかよく分かんないけど傷付くなぁ・・・」
「えぇ・・・?」

そんな、と言わんばかりにベルトルトは焦った表情を作る。
こうやって彼は女子の母性本能をくすぐるのが得意だ。

「さっきのキスは、私の事“も”好きだからしてくれたってこと?」

痛いところをつかれたように、ベルトルトはパチパチと私を見つめたまま瞬きをして、口を開かない。

「ねぇ、どうして?」

早い瞬きを繰り返したまま気まずそうに視線を私からずらすと、ベルトルトは小さく、うん、と言った。

「好きだよ」

ぽつ、と言葉をこぼしてから私に視線を戻して、彼はもう一度確認するように、繰り返した。

「なまえのこと、好きだって思う」

そうじゃなかったらこんなに君と話さない、とベルトルトは言う。
じゃあもう一度キスして、と私は言った。

「・・・うん」

ゆっくり頷くと、ベルトルトは平ぺったくて大きなその手をそっと私の頬に添える。
初めて私に触れたその手のひらがあまりにも冷たかったので、私はぴく、と僅かに体を動かした。
真っ直ぐに私を見つめる彼の目が、私にどんどん近付いて来る。
その時私は初めて、ベルトルトに対して動揺した。
やがて遠慮がちに触れた唇は、重なって少ししてからやっと、その柔らかな感触を私の脳に伝える。
しばらくしてそれが離され、ベルトルトが彼独特の、何かにすがるような目で私を見つめた瞬間、私の目には何かが急にこみ上げて、熱を帯びた。

「・・・なまえ?」
「あ・・・ごめん、何でだろ。悲しくなんか無いのに」

悲しくないし、多分、嬉しいはずなのに。
胸がきゅっと締め付けられて切なくて、苦しくて、何か言い表せないいくつもの感情が複雑な螺旋を描いて私の目からぽろぽろと涙を落とす。

「私が“して”って言った癖にね」

笑った瞬間今度はぼろぼろと涙が流れたので、ベルトルトの顔は何かに打たれたように、硬直した。
そしてその顔が僅かに歪んだ時、私は彼の胸に抱き寄せられていた。
ベルトルトの手はどきっとする程冷たかった癖に、彼の腕の中はびっくりする程あたたかい。

きっと、嬉しいはずなんだけどな。

彼の腕の中で私がそう言うと、ベルトルトは私をさらにぎゅっと抱きしめた。



い ば ら の 道 す が ら

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