兵長と守銭奴/12


― get under my skin ―


なまえの部屋のドアの前に立つと、リヴァイは胸元のポケットから鍵を取り出し、それを鍵穴へ静かに差し込んだ。
カチャ、と音がして、施錠されていたそれは簡単に開く。
ノブを回せばやはりチェーンは繋がれておらず、ドアは容易く開けられた。
リヴァイはやや早足で数歩中へ入ると、玄関にあるクローゼットを急ぎ開ける。
ランプで照らせば、中に設けられているフックには何も掛かっていない。
本部にある彼女の執務室はもう1時間以上前に明かりが消えていた、はずだ。
眉間の皺を更に深く刻むと、リヴァイはすぐにこの部屋を出ようと振り向いた。

「!」

そこにはドアを開けたなまえがいた。少し、おかしな顔をしていた。
いや多分、リヴァイも驚いたような、焦ったような、変な表情をしていたに違いなかったのだが。

「・・・今、帰りか」
「・・・はい」

この部屋の主だというのに、彼女のそれは自分の部屋に帰ってきたという表情ではない。

「随分前に本部を出たかと思ったが」
「・・・少し、買い物に出ていました」
「帰宅してから出かける時はそこのクローゼットにメモを引っ掛けておくと決めたはずだが」
「・・・すみません」

買い物に出掛けたと言う彼女の手には、言葉とは裏腹に買い物袋らしき物は無い。
リヴァイは呆れたようにため息を吐いた。

「不安だと俺に相談してきたのはお前の方だろう。決め事くらい守れねぇのか」

なまえは俯いたまま、そこへ黙って立っていた。

「どこへ買い物に行っていたかは知らねぇが・・・暗くなってから出掛けるなら俺が――――」

もう、と遮るようになまえは言った。

「――――多分、これから・・・無理してこちらへ来て頂かなくても大丈夫です」
「・・・どういうことだ」
「昨日・・・エルヴィン団長に気に掛かっていた件についてお話をしたんです。お聞き及びかとは思いますけれど・・・これからは行き帰りにそれとなく護衛をして頂けることと、自宅付近も巡回して頂けることになりました」
「一応・・・聞いてはいるが」
「なので、これ以上リヴァイ兵士長にご迷惑をお掛けする訳にもいきませんし・・・あなたが私の部屋に出入りしていると分かるとなると、お互い困るでしょう。もう、大丈夫です」

少し思案した後、リヴァイは口を開く。

「・・・それで、本当にいいのか?」
「・・・はい。これまでお忙しい中、ありがとうございました」

――――分かった、とリヴァイは小さく返事をすると、未だ俯いたままのなまえに近付いていく。

「!?」

そして彼は、なまえを突然抱き上げた。

「な、、何するんですか!」

手足をバタつかせてなまえは抵抗するが、リヴァイは部屋の奥にどんどん進み、ソファへその身体を押しつけた。

「や、、!」

この状況でキスをするつもりだったのだろうか。顔を近付けてきたリヴァイに、なまえは顔を背ける。
リヴァイは背けられたその顎を掴むと、鼻の付きそうな距離のまま、言った。

「――――俺の目を見ろ、なまえ。さっきからずっとだ・・・何で俺から目を反らす?」

間近に強い視線を真っ直ぐに刺され、なまえは怯む。
リヴァイからすれば無理もない。
いつもの彼女はあんなにも真っ直ぐに自分を見て、何事につけてもしっかりと主張してくる人物なのだから。

「何でも、、ありません」

その瞳が揺らいでいるのを彼は見逃すはずもない。

「いつもの太々しいクソ守銭奴がどうしてこうなる?何でも無い訳ねぇだろ・・・何かあったのか?」

なまえは苦々しく眉間に皺を寄せた後、観念したように彼を真っ直ぐに見て、言った。

「――――もう、疲れたんです。あなたとの関係に」

彼女に覆い被さったままのリヴァイは、ほんの少し目を見開く。

「・・・私にあなたの個人的な欲求をぶつけるのはもう、止めてもらえませんか?・・・そういうのに不自由をされている訳でもないでしょうし」
「・・・何が言いたい」
「、、もう嫌なんです。あなたに振り回されるのは。――――私はここへ責務を果たす為来ています。あなたとの歪な関係は、私を煩わすものでしかありません」

先程とは違い、なまえの瞳はしっかりと彼を見据えていた。
そしてリヴァイも同様、彼女を見つめている。
少しの沈黙の後、彼は薄い唇を開いた。

「・・・・・・分かった。それなら――――これから先、もうお前を煩わせる事もない」

そう言うとリヴァイは起き上がり、ゆっくりとした足取りでソファから離れていった。
その靴音が少しずつ遠ざかって行くのを、なまえはリヴァイに覆い被されていた体勢のまま、薄暗い天井を見つめたまま聞いている。

(――――行かないで)

天井はぐにゃりと歪み、滲んだ。
やがて、静かにドアが開き、閉められる。
そして廊下を歩く音は静かに消えていった。
自分の脳裏にリアルに浮かぶ、遠ざかっていく彼の背中を隠すように、なまえは両手で顔を覆った。
――――目からは大粒の涙が溢れていた。

(行かないで、なんて。馬鹿みたい。)

・・・それなら何故、彼にあんな言い方をしたんだろう。

(あんな人の事は、大嫌いだから)

「せいせいする・・・」

ぽつりとそう口に出してみても、正反対の感情が彼女の胸に逆流して、押し寄せてくる。

(これでよかった、、)

――――そう、もっと傷付く前で。

ぐちゃぐちゃの心象の中に一言、そう浮かぶ。
なまえは顔を覆ったまま、ただそこで泣いていた。

(私は何してるんだろう。こんな最悪の気分にならないように、今まで歯止めを掛けることなんてどこでもできたはずなのに)

出会ってから最悪だったはずの彼と、随分と長い間“歪な”関係を続けてきてしまった。
その気になればいつだって拒めたはずなのに、決して認めたくはなかったけれど、その関係を続けてきたのは彼だけでなく彼女の意思でもあった訳で。

・・・こんな時になって、彼が時折見せる柔らかな瞳や、ひどく口が悪いくせにやさしい彼のキスを思い出す。
そう、だからは自分は彼の“特別”なのではないかと、どこかで勘違いしてしまっていたのだ。

(ほんとに色んなことがあったな、、)

煩わされたり、振り回されたり、でも、胸を焦がされるような想いをしたり。
居心地の悪かったはずの彼の隣が、彼の腕の中が、彼の口付けが、いつの間にか居心地よく感じるようになっていた。
でもそんな自分の気持ちを認めてしまうといつか必ず自分が傷付いてしまう事が起こる気がして、それが怖くて、ずっと気付かないふりをしていた。

――――でも、これでもう終わりなのだ。

なまえは、これでよかった、と今度は呟いてみる。
けれど、リヴァイがいなくなったそのソファからは、しばらく起き上がれる気がしなかった。



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