兵長と守銭奴/12


― get under my skin ―


ドアが閉まる小さな音で目が覚めた。
薄くぼんやり映る窓の外は白みかけている。
彼はもう、家を出たのだろう。
なまえは今しばらくの微睡を求めて、再び目を綴じた。



たとえそれがどんな朝でも、なまえは朝食のあたたかい紅茶を飲み終わる頃には悲しいかな、仕事に向かう意識にきちんとなっている。
食器をシンクヘ運ぶと、ふと、リヴァイもちゃんと朝食を摂っただろうかと思った。
歪な同居人ができてから半月。生活感を全く感じなかった彼のそれを知ることになっ(てしまっ)たなまえは、心底意外なことに、そこに不協和音を感じない。

「俺にも体裁ってもんがある」

先日の突然の申し出の後、ここに一緒に住んでやると言っても兵舎を空けっぱなしという訳にはいかない、とリヴァイは付け加えた。
平日については毎日という訳にはいかないが、行ける日は夕食の時間が終わり人がまばらになった後になまえの部屋に来て、明け方に兵舎に戻る。週末についてはそのままなまえの部屋に滞在することにする、と言う。
彼女が留守にするなら安全の確認の為にも玄関口に彼宛てのメモを残す。
食事については本来無頓着なので彼が来る来ないを想定せず、夜も朝も用意はしなくていいという。
ただ、週末彼女が食事を用意してやればリヴァイは綺麗に平げ食後は何も言わずともピカピカに食器を洗い片付けてくれるし、日中は一緒に隅々まで(過剰な程に)家の掃除をしてくれるのだった。
週末はほぼ彼と家で過ごすことになるのだけれど、意外な事にリヴァイはなまえに干渉することもないし、私物も殆ど持ち込まない。
合鍵を彼に渡す時こそ相当の抵抗を感じたものの、本当に不思議な事に、自分の部屋と生活の中に彼がいる事に対して彼女に違和感はありながらも、息が詰まると感じたのは最初の1週間だけだった。
何よりも、先日ミットラスに行ってからそこはかとなく身に迫るように感じる恐怖感が彼の存在のお陰で薄まることがありがたかった。



本部に着き回廊を進んでいけば、遠くに極端に大小に映る影がある。
彼女にはそれが誰であるか、一目で分かる。
リヴァイと、エルヴィンだった。
そのうちの一人が自分の部屋からここへ出勤しているのだと思うと、なまえはとても不思議な気持ちになる。
無意識にリヴァイを目で追った後、ふるふるとその首を小さく振り、視線を上げてエルヴィンへと移す。
今日、彼女は決心をしてここへ出勤していた。

彼女は執務室に戻ると整理した資料を再度机に出し、目を通した。
調査兵団の資料室から借りてきた書類と、もう何度も行った照らし合わせを最後にもう一度する。
エルヴィンに打ち明ける以上、もう二度と、それをする事はないだろう。
目を綴じると息を落とし、席を立った。



「ありがとう。助かったよ」

エルヴィンは依頼していた書類をなまえから受け取ると、穏やかにそう述べた。
彼の背後にある大きな窓枠からは蜜色の日が差し込んで、書類をパラパラと捲る彼のブロンドを飴色に照らす。
こうした時いつもならすぐに背中を向けて彼の部屋を出るはずの彼女は、少しの間を取ってから、口を開いた。

「エルヴィン団長、お伺いしたいことがあります」

うん?と彼は顔を上げた。

「以前、巨人の生態に関わる文書を拝見したいとお願いした件なのですが――――その・・・調査兵団は中央への報告を意図的に“怠っている”ことはありませんか?具体的に申し上げると・・・巨人の生態や、調査時の戦略的な事についてです」

エルヴィンの表情は瞬間、なまえの見たことのない、兵士のそれになった。

「・・・何故?」

急に張り詰めた様になったこの部屋の空気に、なまえはどこかで安堵していた。
これは絶対に間違いの許されない問いであったし、彼の反応がその答えを物語っていたからだ。

「それについて中央が実態を把握しようとしていた節があります。・・・それが事実であるなら、調査兵団は重大な背信行為をしていた事になりますが」

しばらく考えるように黙り込んだ後、エルヴィンは深く掛けていた椅子から身を起こし、机の上にその大きな手を組み合わせて重たげに置いた。

「それが事実なら、なまえ、君はどうする?私たちを告発するのか?」

彼の大きく真っ青な瞳がなまえをしっかりと見据えている。

「・・・決めかねています。私はその決定的な証拠を見つけている訳ではありませんし、調査兵団と中央との間に何が起こっているのかを分からないまま、大事になりそうな疑惑を無責任に焚き付ける訳にはいかないので」 

動きを止めたその唇を見つめ、エルヴィンは一つため息を吐き、思案する少しの間を取った。

「そうか・・・意外だな。君は危険な事から距離を置くタイプだと思っていたし、疑わしき事があればすぐに上に報告するタイプだと思っていた」

なまえは苦々しくエルヴィンを見つめた。
彼女はそうであったのかもしれない。いや、彼女はきっと彼の言う通りのタイプのはずだった。

「、、私は何事においても慎重に事を来してきたつもりです。それに恐らくですが、、今回の事は私たちのフィールドである政治ではなく、軍部の方が関わっている様に感じています」

エルヴィンは机の上に組んだ指をぴく、と動かした。

「私が話してばかりではフェアじゃありません。聞かせて頂けませんか。これは何が起こっていて、あなた方が何を考えているのかを」

もう後戻りはできない。

「見て頂きたい資料があります」

なまえはこれまで一人何度も見返した資料をとうとうエルヴィンの前に差し出し、真っ直ぐに彼を見つめた。



なまえが歩く時、背後を気にする様になってからひと月程が経つ。
ベッドに横になり目を綴じても、一人の時は僅かな物音が気になりなかなか眠りにつけない。
彼女の前任であるホフマン氏とその妻は一体今どうなっているのだろう、そんな事を考えだすと余計に眠れなくなる。
今日は遂にエルヴィンに、彼女の疑念を伝える事になった。
自分の内にあった恐ろしい物を外に晒し前に進めてしまった分、また新たな後戻りのできない不安が生まれている。
いつもの一人の就寝よりも更に、眠れる気がしなかった。
不意に、カチャ、と音がした。
鍵が開けられ、ドアが開く。
彼女の不安や恐怖を分かってか、リヴァイは必ず「オレだ」と言い部屋に入る。
いつも通りのリヴァイの声が聞こえたので、なまえはほっとしてそのまま目を綴じ横になっていた。
実は彼女は昼間にエルヴィンに疑惑をぶつけた手前、兵士長であるリヴァイにどんな態度を取ればいいのかについても考えあぐねていた。
彼には何故自分が彼を頼るのか、問われてはいたものの、結局のところこれまで本当の理由を伝えていない。
きっとあの後リヴァイはエルヴィンからその理由を聞かされているだろう。
そしてそれからエルヴィンに決めてもらった事も。
彼はその時、一体どう思ったのだろうか。

寝室に靴音が近付いてくる。
静かにドアが開けられ、ひやりとした夜の空気が入り込んできた。

「・・・寝てるか」

ベッドサイドに立ちなまえの様子を確認したらしいリヴァイがそう独り言をぽつりとこぼすと、少しの間の後、夜風を受けたらしい手の感触が彼女の額を撫でるようにし――――やがて、乾いた唇がそこに触れた。
ゆっくりとしたその感触の後、靴音は彼女から離れていく。
ドアが静かに閉まる音を確認すると、なまえは目を見開いた。

(――――な、な、何、今の?!)

普段の彼からは考えられないようなやさしい“おやすみのキス”に、なまえは狼狽えた。
ただでさえ眠れなさそうな夜だったのに――――とてもしばらくは眠りに付けそうにない程、彼女の顔と身体は熱く火照ってしまったのだった。



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