兵長と守銭奴/11


ひどく疲れていたからだろうか。
薄くぼんやりと目は覚めたというのに瞼は貼り付いたように開けにくく、やっとの思いで歪んだ視界を作れば、夜明け前なのか、薄紫に濡れる、見覚えの無い室内が映る。
吐きそうなくらい、頭はガンガンと痛む。
なまえが険しい顔のままゆっくりと居心地の悪い視界を動かせば、すぐ側に、椅子にふんぞり返っている見覚え有るシルエットが徐々に現れた。

「・・・起きたか」

薄暗がりの中リヴァイはゆっくりと椅子から立ち上がり、サイドテーブルの前に立った。
トポトポ、と水音がする。
やがてなまえの歪な視界に、彼の手と、水の注がれたグラスが差し出された。
痛む頭を重たそうに持ち上げて、なまえはそれを受け取ると何とか口に運び、喉へ少量を流し込む。
カチカチに干からびていた土に水が染み込むように感じ、若干気分がマシになったような気がした。

「ありがとうございます・・・」

頭に響かぬよう彼女が小さな声で礼を言えば、リヴァイはその傍らへ腰を下ろした。

「何があった」

なまえの脳裏には一瞬で昨日あった事が蘇る。
そして、この部屋に何とか辿り着き、同じ問いをしたリヴァイに何と伝えたのか――――細かな記憶は朧げで、死にたくなる程、とてつもない後悔の念がどっと重く押し寄せる。

「・・・何も、ありません」

自信なく押し出されたような答えに、彼は呆れたように息を吐いた。

「・・・何もなきゃお前があんな様子で俺の部屋に雪崩れ込むか?巨人の前にぶら下げてもまだ偉そうに講釈でも垂れそうなお前が」
「・・・ひどい言い様ですね」

なまえは思考を巡らせた。
昨日、ホフマン氏の自宅を訪ねた後、言い知れぬ不安と忍び寄る様に感じられた何とも言えぬ恐怖に押し潰されそうになり、らしくなく、1人酒を煽った。
ホフマン氏に違和感を感じるきっかけとなったある書類のこと、彼(とその妻)が消息を絶っている理由、自分の送った手紙が届いていない訳。
これを誰かに相談をしていいのか、何か自分で行動を起こすすべきなのか、それとも沈黙を続けるべきなのか。
考えていても自分が何か大きな物に押し潰されていくような気がして、どんどん酒の量が増えていった。
結果、彼女の頭に浮かんだのはリヴァイだった。
彼に会えば何か解決するという訳でもないのに、ぐでんぐでんに酔った判断の付かない頭は彼でいっぱいになった。
そうだ、彼は今夜自分のところへ来いと言っていたではないか。
なまえはリヴァイの泊まる宿へと覚束ない足を必死に走らせた。
ゆっくりとドアが開き、彼の顔を見た時、なぜあんなに救われた気分になったのか。
今と同じ様に、何があったんだと聞かれた気がする。
けれど、自分が何と答えたのかはっきりと思い出す事はできない。

「・・・昨日、私があなたに何と話したのか分かりませんけど――――仕事で不安なことがあったんです。詳しくは、職務上お話ができません」

少し間を置いてから、リヴァイは言った。

「事務畑の人間があそこまで不安になる事ってのは一体どんな事態なんだ?しかも、お前みてぇに呆れる程神経の図太い奴がだ」

なまえはグラスに視線を落としたまま、彼女を見つめるリヴァイを見ることはできない。

「・・・言えません。・・・心配して頂いた事は感謝します。ご迷惑もお掛けして、すみません。」
「珍しく素直じゃねぇか・・・だが、クソを我慢してるようなそのツラは気に食わねぇな」

なまえが気まずそうに沈黙を続けると、リヴァイは小さく息を吐き、彼女が手にしていたグラスを取り上げた。
ベッドサイドにそれを置くと、まだ視線を伏せている彼女をじっと見つめる。
彼が彼女の傍に載せた腕に体重を掛けたので、ベッドはキシ、と乾いた音を立てた。

「・・・分かったよ」

彼女の鼻にくっつきそうな距離でそう言うと、リヴァイはなまえに口付けをする。
こんな時だというのにじりじりと熱くなってしまう胸に、彼女はまた少し自分が嫌になった。
それでも彼の深い色の瞳を見つめれば、安心できる気がする。
なまえが静かに彼を受け入れると、リヴァイはキスをしながら、ゆっくりと、彼女をベッドに横たえていった。

「随分素直だな・・・珍しく」
「・・・抵抗した方が、いいですか」

いや、悪くない――――リヴァイはそう言って、彼女の唇を再度塞いだ。
彼の唇はやがて彼女の首筋をなぞる。
もはやその自己嫌悪は弱くしか、彼女を苛むことはない。
頭が割れそうな程痛くても、気分がひどく悪くても、この温もりを、今の彼女は求めていた。



外がすっかり明るくなる頃、リヴァイは先に部屋を出た。
エルヴィンと一緒に宿を出るので半刻程したら出るようにとなまえに伝えた。
彼の上長とここで鉢合わせになる訳にはいかないので彼女は素直にそれに従ったのだが、さすがにアッカーマン様と呼ばれてチェックアウトするのには参った。
頭痛はかなりマシになっていたが、気分はまだ優れない。
いつもならなまえは内地を発つ前に庁舎へ寄りそれなりの職務をこなしてから帰路に就くのだが、今日はとてもそんな気分にはなれなかった。
予定より早い船に乗りローゼを目指す。
デッキで風に当たると、幾分か気分が良くなる気がした。
船の行先に延々と続く支柱とロープを眺めれば、今抱える大きな“不安”が頭を過ぎる。
果たして、ローゼの方がシーナより安心ができる場所なのかどうかすら分からない。
自分が感じる恐怖を思えば、誰かを巻き込むような解決方法には決して積極的になれなかった。



ローゼの港に着くとなまえは重たい身体を引きずりながら調査兵団へ向かい、それなりに処理をして、いつもよりは早く家路に着いた。
いつもの我が家の建物に着けば、いつも通り感じのいい守衛が玄関ホールの扉を開け、ニコッと挨拶をした。

「ちょうど先程からお待ちですよ」

誰ですか、となまえが尋ねれば、彼は「お楽しみに」と返す。
昨日感じた言い知れぬ恐怖がもちろんまだこびりついている彼女は、彼のにこやかな表情にも関わらず、心臓を不穏な方へ撥ねさせながら、長い階段を上がった。
彼が知らない人物ならあんなにこやかに案内する訳ないし、まず建物の中へ通さないはずだ。そう自分に言い聞かせながら、一段一段踏みしめて歩く。
手に持ついつもの鞄が、重たく感じた。
次第に階段の終点、自分のフロアの廊下が見えてきたので、なまえは更に用心深く、むしろその光景を見るのを少しでも先送りするように、ゆっくりと上っていく。

「・・・よぉ、お前にしちゃ随分と早いな」

現れた仏頂面に、なまえは安堵のため息を吐いた。

「・・・一体何の御用ですか、リヴァイ兵士長」
「・・・話がある」

一言告げられ、なまえは少しの沈黙の後、素直に部屋の鍵を開け、彼を招き入れた。

「お話というのは何ですか」

リビングに入り荷物を置きながら、なまえは尋ねた。
階段を上った汗なのか、冷や汗なのか分からない汗が彼女の身体には滲んでいる。
彼の前ではいつも通りの無愛想を装ったが、安堵の方が優っていた。

「まぁ、聞けよ守銭奴。お前の不安を解決するいい方法を見つけた」
「・・・お気遣いには感謝しますが、詳細についてはお話できかねると申し上げたかと思います」

なまえは怪訝な顔をした。

「感謝しろよ・・・とびきりの解決法だ。俺がここに一緒に住んでやる」
「・・・・・・は、はぁ?!?!?!?!」

それはリヴァイがなまえに出会ってから今日までで、1番大きくてかん高い、彼女の声だった。



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