兵長と守銭奴/11


トッ、トッ、トッ・・・船着場の汽船は出発を間近に控えて、乾いたエンジン音を薄いグレーの空へ立ち昇らせながら佇んでいる。
それが船体に水面がタプタプと当たる音と一緒になれば、乗客たちはこれから船旅が始まることをより実感したのだった。
なまえはタラップの入り口で、渡した乗船切符の半券を船員から受け取った時、やあ、と聞き慣れた声に耳を撫でられふと顔を上げた。

「エルヴィン団長、」

よく見知った金髪碧眼の彼の名を呼んだところで、その体格の良い背に隠れた黒髪を見つけてしまったなまえは反射的に顔を痙攣らせてしまった。

「まさか同じ船になるとはね」

いつも通り穏やかに話しかけるエルヴィンの後ろには、いつも通り眉間に穏やかでない皺を寄せているリヴァイの姿が覗いている。

「クソ守銭奴が。そんなに嬉しそうな顔をするんじゃねぇ」

総統との会見があるという彼らとシーナへ行く日が重なっていたことは知っていたけれど、まさか船便が同じになるとは思わなかった。まして、乗船のタイミングまで同じだなんて。
なまえは、いえ、と短く答えるとエルヴィンに向かってぎこちなく口の端を上げる。
それは彼女にとって最大限、彼らへ友好的な姿勢を示す為の努力だった。
こうなれば彼女が望まぬ通り、内地への数時間の船旅を彼らの近くで過ごすことになってしまったのは自明な事で。
彼らに伴われるように船内へ入れば、自動的に向かい合う座席に着くことになった。

数時間を彼らと過ごす事に不安を抱いていたなまえがほっとしたのは、エルヴィンもリヴァイもそれぞれで乗船中の時間を過ごす方法を持っているのを知った時だった。
出航してしばらくすると、エルヴィンは鞄から書類を取り出し、その透き通るように青い瞳を几帳面に覆う金色の睫毛を軽く伏せ、目を通し始めた。
一方窓側に陣取ったリヴァイはいつか一緒にシーナへ行った時のように、(見た目に感じる態度は別として、)窓の外に映る景色を静かに眺めている。
それぞれそこに落ち着いた様子の彼らを確認したなまえはというと、彼らと道中ずっと話さなければならなくなったら一体どうしようと考えていた自分が急に恥ずかしくなってしまった。

(すごく恥ずかしい、、私はどれだけ自意識過剰なの)

仕切り直すように、彼女はいつも通り、エルヴィンと同じように荷物から書類を取り出し、これからそれを上司へ提出する際どんな説明を行うか、再度の確認をすることにした。
交わされる言葉の無い3人の静かな空間には、船が川面を分け進んで行く音と、その駆動の音が響く。
なまえはそれが意外と居心地悪くなく、感じていた。



エルヴィンが席を立った時のことだった。
目の前に座る目つきの悪い男がおい、と不躾に声を掛けてきたので、なまえは手元に向けていた視線を上げた。
何でしょうかと気が進まない様子で応える。
こういった時の彼女の彼に対する嫌な予感は、大体当たるので。

「今夜オレは中央通りから1本西へ入ったところにあるマチルドという宿に泊まる」
「・・・そうですか」

なまえは静かに応えると、会話は終わったとばかりに再び手元へ視線を落とす。
それでも不躾な相手はそれを全く意に介さぬように続けた。

「ああ、そうだ。オレに会いたけりゃ来るといい。今夜、エルヴィンとは途中で分かれる」
「・・・それは大変有益な情報ですね。今夜その辺りには近付かないよう心掛けます」

フン、とリヴァイが鼻を鳴らす音が聞こえたが、手元への視線は決して変えぬまま、なまえは予定通り、静かに会話を終わらせた。
経験上こうした時、彼の瞳を決して見てはいけないことを彼女はよく知っている。

しばらくするとエルヴィンが座席へ戻ってきたが、リヴァイは何事も無かったかのように、それまで通り、組んだ脚の先を微かにと揺らしながら、窓の外を再び眺めているのだった。


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